第22話【『謎の剣』と『青酸入りコーラ』】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
人の数が減ると騒々しさも途端に無くなってしまう。そんな、すっかり夜の面談室。ガラステーブルの周りに並べられた今自分達が座っているソファー。改めて見てみれば一部隅の方が破けていてそのくたびれ具合実に年季が入っている。今日は横になって寝られそうもないのは明らかだ。これに腰掛けたまま眠りにつくことになるのだろう。不幸中の幸いはこの面談室には空調設備があること。そして内側から鍵をかけられること。
深見さんがさっきから気にしていたあのことに触れる。
「あのグランドの傷、ありましたよね?」
お巡りさんが怪訝そうな顔をする。
「ありました? ってのは要するに無くなる可能性があると考えていたのですか?」
「うん、そう」
「不思議な発想ですね。本官には思いつきません。もちろんあの傷はありました。これで五人の方々にも事の重大性、異常性をようやくご納得いただきました」
「……しかしもし本官がそんな発想をしていたら、五人を連れてあの場になど行けなかったでしょうね。怖くて。もしあの傷が無かったら今頃どうなっていたことか。背筋が凍ります」お巡りさんが少々大げさなアクションで言った。
なにか『怖い』の感覚が今自分たちが置かれている状況とどこかずれている。深見さんもそうだけどなにかみんなずれているような。いや、ずれているってのは少しオーバーだけど、でも結局今日はここに泊まりだし、みんな気がハイテンションになっているのかもしれない。だから自分も一寸後から考えれば、だけど、実に変なことを口走ってしまった、つい。
「深見さん、なにか楽しそうに見える」と。
即座に鋭利にびゅっと飛んできた。
「バッカじゃないの? 言っていいことと悪いことがあるのが分かんないの? こんな異常な状況が楽しいわけないでしょ。〝みーしゃ〟に謝りなさいよ!」短剣のようなことばが続けざま自分にぶすぶすぶすっと突き刺さる。
投げ付けてきたのは仁科。しかし言われてみればその通り……と謝ろうとしたとき、
「ありがとう、〝みあ〟。でもね、水神くんの言うことは外れてないよ。この剣を巡り導かれるように五人の勇者たちが集まったんだよ。わたしたちパーティみたいだね」
やっぱりこれが深見さんだぁ、と思う。だがやっぱり咎められてる。
「あのねぇ、〝みーしゃ〟……」と仁科が呆れたように言っていた。しかし深見さんの反応は、
「集まった勇者たちは最初お互い仲が良くないってのもパーティの定番だよね」だった。
このことばに仁科が不満そうに何か言おうとしたとき、
「いや、悪くない」という声がした。
ロープレみたいな発想が悪くないのか? 声の主はなんと村垣先生だった。
「こういう不安に押しつぶされそうになった時ほど人は笑うべきだ。そうすると心に余裕が生まれる。心の余裕は考える余裕に繋がる。不安に苛まれ何一つ手につかないのでは流れは悪い方へ向かうばかりだ」
「いいこと言いますね——」そう言ったのはお巡りさんで、「では五人で力を合わせて魔王でも倒しますか」などと続けていた。
「あんたなぁ——」と村垣先生が何かを言いかけたとき、
「倒しましょー」っと深見さんが言っていた。もちろん見ているこちらが明るくなるような笑顔で。もう仁科は何も言わなかった。
「では今から真面目モードでいきますよ」お巡りさんが身を乗り出し言った。と言っても声に深刻感は感じられない。元々そういう声の感じだ。
「ふざけたことを言うんじゃないだろうな」村垣先生が釘を刺す。
「これからのことですよ。ネガティブなことを言う前には敢えて明るく振る舞うんです。本官の考えた今後の方針について忌憚なく皆さんの考えが聞きたいのです」
「方針なんてモンがあるのか?」村垣先生が問い返す。
「ありますよ。ここに五人で泊まっているだけでは事態を動かしようがありませんから」
お巡りさんは一拍間を置く。そして口を開く。
「時にその剣、誰のでしょう?」
「わたしの!」深見さんが言ってのけた。
「いや、そうじゃなくて。元々の持ち主のことですよ。それじゃまるで落とし物を取得したみたいじゃないですか」
「なるほどな、これが誰の物かだなんて、変なことを思いつくもんだ」村垣先生が言った。
「これに持ち主の名前か、それを示す印のようなものが刻まれてないかどうか調べるってことですか?」自分が発言する。
「う〜ん、それも面白い。何か分かるかもしれません。しかしその刻んである刻印が刀身部分にあった場合、せっかく巻いた毛布を外さなきゃならないですからね。あくまで危なくない範囲で、ということになります」
「あんたは何を考えていたんだ?」と村垣先生が問う。
「聞き込み、ですよ。この剣はいつからこの学校のグランドに刺さっていたのか? 元の持ち主捜しです。生徒たちへの聞き込みをセンセイ方にお願いしたいんです」
「都合よくコイツを地面に刺している目撃証言がでるかな」
「目撃が無くても、例えば今日の朝七時には刺さっていなかったとか、昼十二時には刺さっていなかったとか、あるいは昼十二時には刺さっていたとかいうのでもいいんです。何か手懸かりになるものはないかってところです」
ここで仁科が口を挟む。
「さっきから盛り上がっているところすみませんけど、そんな目撃証言を集めて〝みーしゃ〟の手はちゃんと剣から離れてくれるんですか? ぜんぜん離れそうもないんですけど」
すぐさま深見さんが口を開く。
「わたしには分かるよ。これの持ち主なら、この剣にくっついた手を引き離す方法を知ってるはずだよ」
仁科が明らかにバツの悪そうな顔をしている。ざまぁ。
「深見さんの言う通りです」お巡りさんが言い、さらに続けた。「——そこで、です。深見さんは無理ですがそれ以外の生徒さん。あなた方二人です。パッシブの状態で耳に入る情報を記憶に留めておいて欲しい。そして後で我々に伝えて欲しい」
「『ぱっしぶ』って何です?」自分は訊いた。
「あぁすいません。アクティブの反対語ですよ。つまり、積極的に他人に訊いて廻る必要はありませんが、聞き耳を立てているだけで入ってくる情報というのがあると思うんです。だからアクティブの方はセンセイ方だけにお願いしたい」
「あんたの言うことは説明不足でよく分からん。なんのためにそういうことを言ってるんだ?」村垣先生が疑り深そうに訊く。
「センセイに訊かれて、必ずしも生徒が正直に答えないだろうと思ったんですよ」
「おっ、お前ってヤツは生徒を疑うつもりか!」
「高校生くらいの年齢の人間がなんでもかんでもあけすけに正直に教えてくれるとは思えないものでしてね」
お巡りさんはここで「ときに」と話しを区切り「今から怖い話しをします」と妙な話しをし始めた。しかし妙に朗らかな声で。そのギャップにみんな注意を惹きつけられてしまってるように見えた。
「この剣はいつかは分からないが何者かによってグランドに刺されたのは間違いない。しかし何のために? 本官には誰でも良いからわざと興味を持たせ引っこ抜かせようとしたように思える。実は本官が警官になる遙か以前に似たような事件があったということです」
「オイ、前にもこんな剣が地面に刺さっている事件があったってか?」村垣先生が勢い込んで訊く。
「まさか。『青酸入りコーラ事件』ですよ。青酸とは人間が口にすれば確実に死ぬという毒物です。コーラのビン、昔はビン入りだったそうですが、その中に青酸を入れ、それを電話ボックス、まあこれも近頃あまり見かけなくなりましたが歩道や公園の中などにある電話が設置されたガラス張りの小部屋ですね、その中に置いた人間がいる」
「先を」深見さんが言う。
「それを拾って飲んでしまった人が死にました。事件は未解決です」
「なっなんでお巡りさんがそんな人を怖がらせること言うの!」仁科が金切り声を上げる。
「それを拾った人が不幸になるという意味で類似性があるということです」お巡りさんが落ち着いた声で言う。
「ここが肝なんですがね、もしこの剣をグランドに突き刺した人物が分かったとして、その人物を信じてはいけない理屈になるんです。ここは、今後気をつけないといけない」
「ケッ、偉そうに分析しているが、私にだって言いたいことはあるし分析くらいできる」村垣先生が言い切った。
「ぜひ、お願いします」とお巡りさん。
「青酸入りコーラの事件の方は拾った人が飲んでしまったからだが死んでしまった。しかしこの剣を拾った深見はこれこの通りぴんぴんしている。この違いは大きい。これをどう説明するんだ? え? いや、この私が推理してやる。この剣はな、拾った人に使わせるつもりがあるんだ。つまり拾った人間を死に至らしめたら意味がないってわけだ。死んでしまったら使って貰えなくなるわけだからな」
「なにげに凄く怖ろしいことを言いましたよね。剣を使わせるって誰かを斬ったり刺したりすることでしょう? 剣は斬ったり刺したりする用途に使う物ですから」
「そ、それはだ……えー、つまり人間じゃないものを対象に使わせる可能性だってあるだろう?」
「RPGかファンタジーの世界ですねまるで。相手は怪物ってことじゃないですか」お巡りさんが意外なことを言う。
「なにを言うか。『魔王』だのなんだのを先に言ったのはそっちだ」村垣先生がとってつけたように反駁する。
自分はそれを聞いて思わず吹き出してしまった。深見さんもつられて笑い出す。
「みーしゃっ」と仁科だけが怒る。深見さんは「ごめんごめん」と言い、「でもお巡りさんと先生の考えは同じなんですね。わたし安心しました」と続けた。
「ちょっと待て深見、同じなのか? これと」村垣先生が慌てたように問うた。
「この剣を拾ってもらいたいのなら、拾われた後のことが気になるはずです。つまり先生もお巡りさんもこの剣をグランドに刺した人が必ず現れる、見つかるって考えているところが同じなんです。なら絶対明日事態は進展しますっ」深見さんは言い切った。
しかしこういうノリが嫌いな人間というのはいる。もちろん仁科だ。
「どうしてそう呑気なの? いっつもそう。もっと緊張感持たないと! 確かにあの剣は人に拾わせるために刺してあったというのはその通りだと思う。その後拾った人間をこっそり見ているかもってのもたぶん当たってる。たった今も見ているかもしれない。進展するのが今だったら、それも夜中だったらどうするの? 夜だよ!」とまくし立てた。よっぽど怖いらしい。
「皆さん、こういう環境に身を置くと妙なテンションになってしまうようですね」お巡りさんが言った。
「水神君はこのテンションに合わせた意見はありますか?」
なんと突然こっちに振ってきた。
え、と、えー。なんて言えばいい。なにか言わないと。こんな時のことばの反射神経が人の印象を決めるんだ、なにか言え! 自分っ。
「え、と俺たちは運命に導かれ集まった五人です。だからこの五人がその力を結集すればどんな敵も倒せます。空も地も黒く塗りつぶす夜であっても俺たちを怖れさせることはできません」
外した、と思った。外してしまった。場は沈黙。無音。内心『しまった!』。
「バッカみたい」仁科が言う。最後の『夜であっても』というのがこいつに対する微妙な味加減の嫌味だということに気づいて怒ったのならともかく、たぶんそうじゃない。でも——
「いい。凄くいいよ」
深見さんが喜んでくれてる! 村垣先生は何と言ったらいいかという微妙な表情をしていた。しかし——。
「この五人が集まればこの夜も怖くない——。こんな夜に言うことばとして相応しい」お巡りさんはそう言った。そしてさらに続けて「本官は今夜は寝ずの番をするつもりですから安心して寝ていてください」と宣言。
「何を言うか、この私も寝ずの番をするからな」
「センセイ、明日仕事でしょう?」
「なに言ってる? そっちこそ明日仕事だろうが」
「いえ、実は今仕事をしているところで」
「これ給料でているのか?」
「上の方に頼んでおきました。〝ストーカー規制法の案件〟だということで処理してもらうように」
『ストーカー』、ということばが自分の胸にぐさりとくる。ただの『仁科』じゃなく『仁科とかいう女』と言いたくなる。この女の顔は見ていたくない。
「そんなんで許可が出たのか?」村垣先生が問う。
「さあ、出る前に動き出してしまいましたが」とお巡りさんが答えた。
変なもんだ。こんなやり取りを聞いていたりするうちにこの夜が、今が怖くなくなってきた。
「さて、と。動き出しますか」とお巡りさんはやおら話しを切り替え立ち上がろうとした。
「オイ、寝ずの番をするって言っただろう。番をするやつが持ち場を離れるな」村垣先生は言った。
「これは」と言ってお巡りさんは頭をかいたが「しかし立ち上がらざるを得ませんよ。今夜の食事、どうするんです?」と言った。
緊張感のせいですっかり忘れていた。
「コンビニ弁当が定番ですかね」お巡りさんが言った。
「もうすぐ半額って、やってるのかな?」と自分が口にする。
「ゲンセツ、今は人数分の確保が最優先だ。弁当代は奢ってやるからつまらんことを考えるな」
「あくまでそれは生徒さんの分は、ってことですよね?」とお巡りさん。
「当たり前だ」と村垣先生。部屋の中に再び笑いが漏れる。仁科だけは無表情だったが。
「少し難儀を極めるでしょうが行動は常に五人一緒にってことでいいですか?」お巡りさんが提案した。誰も異議は唱えない。夜の学校で留守番なんて、誰もしたくないのは当然と言えば当然。ただでさえこんな変な状況なんだ。
「じゃ異議も無いようなのでコンビニまでドライブといきますか」お巡りさんが宣言した。そしてすぐ思い出したように付け加える。「センセイ、マイカーは白ナンバーですか?」
「そうだが」
「良かったですよ。軽では五人乗ったら違反になりますからね」お巡りさんが言った。
「車、助手席が自分でいいですか?」
突然嫌な閃きが湧いた。だから自分はそう言っていた。
「俺は別に構わんが」と村垣先生が言った。
お巡りさんは肯いた。
「なるほど、適切なフォーメーションを考えて、というわけですか」と口にした。
「どういうことです?」と仁科が訊く。
「後部座席に座れるのは三人です。こうした場合重要人物は後部座席中央に乗せるのが警察のマニュアルです。その両サイドに人を座らせるためです」お巡りさんが言った。
「それじゃ犯人の護送です」と仁科。
「まあ形としてはそうですが、謎の剣は未だ深見さんの手に貼り付いています。つまり片一方の座席には本官が座るしかない」
「まあ……」
「するともう片方の座席には誰が座るか? センセイは運転役ですから座れません。すると水神君か仁科さんのどちらかになる。ここは深見さんの友人である仁科さんが隣りに座るにふさわしいと水神君が考えたんじゃないでしょうか?」
自分がおそるおそる仁科の方を見ると仁科もこっちを見ていた。すぐに目を逸らす。
「分かりました」と仁科は言った。
これはお巡りさんの完全な勘違いだと思った。
自分が助手席を選択したのは〝深見さんに触れるのを避けるため〟以外に理由はない。あの剣戟は自分が深見さんに触れてしまったから起こったような気がして仕方がない。
座席が前後に離れていれば触れる心配は無いからだ。
手にむやみに長い柄物を持ったままの人が車に乗るのは難儀を極めた。
村垣先生の車がたまたまハッチバックスタイルだったことが幸運だった。この手の車は後部座席の後ろが荷物スペースになっているため後ろに空間が広がっている。
車の中では深見さんは剣を担ぐ形に体勢をとってもらうことでかろうじてこの車に乗り込むことができた。かなり無茶な体勢だけど。
おかしな五人でおかしな近距離ドライブが始まる。
コンビニではもちろん深見さんはクルマから降りることはできない。一人にもしておけないのでお巡りさんと自分が車に残ることになった。
村垣先生と仁科だけが車から降りて弁当の他、歯ブラシまで人数分買うことになった。
五人でのまとまっての行動。なんだか本当にパーティーのような気がしてきた。さすがはお巡りさんだと思う。村垣先生の方がかなり年上のはずなんだけど完全にリーダーだ。
いよいよ本格的な泊まりだ————。
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