第20話【今夜、学校でお泊まり会?】

『高二女子・仁科美愛から見える光景』 


 ——少しだけ心があったかくなったかなと思った矢先、妙な取り合わせの五人が面談室のガラステーブルを囲み、顔をつきあわせ気の重たい話しをしている。というのも理由は簡単。


 〝みーしゃ〟が確保されたことで、ここにいる全員が認識したことがあったから。


 それはあのヘンテコな剣の柄は確かに〝みーしゃ〟の手と密着してしまっていて離れなくなっていたこと。


 いちばんあれこれ試していたのは警官の人で、「自分で引っ張って引きはがせないのか?」などと訊かれた上に最も古典的でベタなこと、即ち「引っ張ってみていいか」と言われてしまう始末。

 〝みーしゃ〟は「はい」と言うしかなく、かなり思っいきりっ引っ張られていた。

 凄く痛そうだった。〝みーしゃ〟もすぐに「止めて止めて」って声を出してしまってた。わたしもそう言っていた。


 この後さらにコピー用紙を剣の柄と手の平の間に通そうとして僅かも通らないことでようやく警官の人も納得せざるを得なくなったという状態。

 今起こっている信じがたい現実を五人が全員で確認した。そのせいで重たくなっている。



「もう十九時を少し過ぎてしまいましたよ」警官の人が言う。

「わあってる」先生が不機嫌そうに答える。

「ここにいる三人の方は未成年でしょう?」警官の人、言う。

「あんたの言うことはおかしい。確かに『未成年が遅くまでこんなところにいて家に帰らないというのは問題だ』というのは分かる。しかしどうしてゲンセツ、じゃなかった水神君と、仁科君だけが家に帰り、深見君が警察署に連行されなきゃいかんのだ」

「連行じゃありません。保護だって言ってるでしょうが」

「同じことだ」

「これでも本官は現実を直視した上で今後のことを語っているのですが」

「現実? 何をどう直視したのか言ってみろ!」

「凶器が手にくっついてしまって離れない、いや剥がれないと言った方がいいのか、そういう現実を、ですよ。何しろ普通拳銃にしろなんにしろそういう物を持って威嚇してくる相手に我々は『武器を捨てなさい』と言いますから。それで捨てない場合は、抵抗の意思有りとしてこちらもそれなりの対応をするというわけです。しかしこのケースではどういうわけかそうした一般論が通じない。それを理解した上で対応するよう本官が責任を持って上と掛け合う、と言っているんです」

「凶器を持ったまま警察署の中に入れるとなれば行き先は一つ。留置場だ。図星だろう?」

「……」

「やっぱり答えられんか。教え子を留置場などにやれるか!」

「考えはご立派ですが、現実を見ましょうよ。もしこの深見さんをご両親の元に帰そうとする場合、深見さんの手にくっついたこの凶器まで一緒にご帰宅となってしまう。この得体の知れない凶器がどんな事件を起こすか知れたものじゃないというのに」

「今我々は無事だろう」

「それは無責任な当て推量というやつじゃないでしょうか」

 先生は何も答えない。警官の人は続ける。

「——当面の問題はただ一つなんです。このコが今夜どこに泊まるか? まさかあなたと一緒に一晩泊まるというわけにもいかんでしょう。それこそ親御さんに何の嫌疑をかけられても不思議はない」

「家に連れ込むわけがなかろうが、何を想像しているんだかな」

「家じゃなくてもここに泊まっても同じでしょうが」


「わたしはここの方がいいです。警察署に泊まりたくはありません」

 〝みーしゃ〟はそう断言した。『ここ』ってのは学校のこと? おかしいよ!


「独りは嫌なんです!」さらにそう続けた。気持ちは分かる、分かるけど……

「ほうれみろ」先生がそんなことを言う。

「こんなところに?」警官の人、反駁する。確かにこちらが正論というものだろう。


「警察署はやめてください」、〝みーしゃ〟が重ねて言った。それに対し警官の人は「困ったなあ」と言い、「何日もここに泊まれると思いますか?」とさらに続けた。

「今日だけ、今日だけでもだめですか?」

「こんなところに泊まるのは——」

「だったら——みんなでいっしょに泊まればいいんじゃないかな〜」

 〝みーしゃ〟がまたおかしなことを言い始めた……


「本官も入っているのですか?」

「え、と、頼りにしてます」と〝みーしゃ〟。

「困ったなぁ」警官の人は本当に困っていそう。

「オイまさかあんた困っている市民を見捨てて家に帰って風呂に入って寝たいとか言うんじゃないだろうな」と言ったのは先生。

「そこまで言いますか普通。あなたも『泊まり』ですよ」

「大したことはないな」

「話しが最初に戻っちゃいますけど未成年が一晩、家に帰らなくていいわけないでしょう」

「それは『無断外泊』だから問題なのであって、無断じゃなければ問題はない」


 警官の人はふうっと息をはいた。


「これ以上の議論よりできるかできないかを実際やってみた方がいいですね。本官も署の方に報告を上げます。このままじゃそこの三人の生徒さんの捜索願が出されかねない」警官の人が大胆に方針を切り替えた。それを受け、

「じゃあ私も家内に連絡を入れる」と先生が応じた。

「人の家庭のことですけどね、どうなっても知りませんよ」

「つまらない心配するな!」先生がお巡りさんを叱った。次に先生はわたし達に言った。

「君ら三人は今すぐ親御さんに連絡を入れろ。『今日は学校に泊まります』ってな。あっそうだ。深見君は手が塞がっているんだったな。仁科君、深見君が電話を掛けるのを手伝ってやってくれ」

「ハイっ」、

 なぜだろう。わたしはほんの僅かの逡巡もなく返事をしてしまっていた。


 普通に考えて〝みーしゃ〟本人と先生は警察なんかに泊まりたくない泊まらせたくないから『学校に泊まる』という結論になるしかないが、わたしまで『学校に泊まる』ことが前提になっている。先生っていったい——。もちろん〝みーしゃ〟を見捨てて帰るなんてできないからこれでいいんだけど————



 ひとつ、気になってきた。

 この〝水神〟っていう男子も『学校に泊まる』んだろうか?


 わたしは心が動揺する。

 もしこの男子が『泊まる』って言ったらきっと嫌な感じがするんだろう。

 でも、もし『帰る』と言ったら? それもまた嫌な感じがするんじゃないかな。


 だってそれ、〝みーしゃ〟がたいへんな事になっているのに見捨てて帰る、っていう意味になるから……



 わたしは〝水神〟っていう男子の返事がとても気になっている。

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