第19話【女子同士でしかできないことがある】
『高二女子・仁科美愛から見える光景』
「わたし〝みあ〟とふたりで話しをしたいんですが」と、そう〝みーしゃ〟は口にした。
ちょうどいい。わたしもいろいろ訊きたかったところだ。
なぜかわたしと先生が、毛布に乗せた〝みーしゃ〟を引っ張る係になり、引きずり続けた結果ただ今わたしと〝みーしゃ〟はふたりきりで面談室の中。
〝みーしゃ〟はまだ毛布の上でうつ伏せになっている。
「ところで、みあぁ……、バッグは?」うつ伏せになったまま〝みーしゃ〟が訊いてきた。
「あっそうだ、廊下に置いてきた」
「着替え、持ってきてくれた——よね?」この部屋にはわたし以外誰もいないのに小声でそう言われた。
「なんで〝着替え〟なの?」
「それがその〜」ともじもじと動き出す。顔を少しだけ横に向け「ちょっと近くに来て」と言われる。わたしは言われるまま〝みーしゃ〟の傍で屈む。
「——臭ってない?」と、さらに小声でそう訊かれた。
なにが? と言おうとして、くんくん、すんすん——
おしっこ、いえ尿の臭いがほのかにした。すっかり日没も早くなったこの季節、暗くなってから全速力で自転車を漕いできたせいか少し水っぱながでてる。言われて初めてその臭いに気がついた。
「——そういうことなの?」
「そういうことなんだよ〜。両手がこんなんだから間に合わなくて〜。もうトイレも汚しちゃうし、毛布に染みこんじゃった分も気になるし……」
トイレが間に合わなくて『お漏らし』をしてしまったこと——が伝わってきた。
「それ、先生に言う?」
「一番言いやすい人だったんだよ〜」
あの中ではそうかもしれない。ただでさえ全員男だし。『こんな剣にかまうから——』などなどのお説教を——これ以上何かを言う気がしなくなってしまった。
わたしはいったん面談室の外に出る。そして廊下に置きっぱなしにしてあるわたしのドラムバッグを手にした。先生から〝みーしゃ〟の様子を訊かれるが、「少し時間がかかります」とだけ言っておいた。
〝みーしゃ〟はまだ毛布の上に伏せっている。
「で、その姿勢でどうやって着替えさせればいいの?」とわたしは訊いた。
「わたし、立ち上がっちゃっていいのかなぁ」と〝みーしゃ〟が言う。
「立ち上がると何が起こるの?」
「危なくないかなぁ、ってこと」
たぶんこれは『好奇心』というものなんだと思う。
「ね、その剣を見てもいい?」とわたしは訊いていた。
「いいけど」
本当に剣が手にくっつくなんてことがあるんだろうか?
わたしは〝みーしゃ〟の手を観察するように見る。
「触ってもいい?」と訊く。
「なにが起こるか分からないよ」と怖いことを言われる。でも上に乗っても大丈夫だったんだからと、妙な自信があった。
わたしは触った。
ぴたりと剣の柄を握りしめたままの形で〝みーしゃ〟の両手が貼りついていた。指の一本に到るまでぺったりくっついて離れない。
「柄になにか塗ってあった?」そう訊いた。
「塗ってないよ。地面に突き刺さってる時は握ったり離したり普通にできたよ」
その様子はわたしも間近で見ていた。その通りだ。
抜いた途端に手の平にひっつくなんて……
「そう言えばその剣で誰かに斬り掛かったとかいう話し聞いたけど」
「あぁ。水神くんっていう男子、表にいたでしょ? あの男の子に斬り掛かっちゃったんだよね」
あいつ?
「なにかされたの?」
「剣を抜くのを手伝ってくれた」
「そうじゃなくて! 嫌なことされたのってことっ⁉」
「そんなことないよ。だけどあの時は……」
「どうしたの?」
「——剣が、剣がまるで生き物のように勝手に動き出した」
今は『バカみたい。そんなのあるわけない』とは言えない。
「それよりみあぁ……、冷たいよぉ。早く着替えるの手伝って」
すっごく生々しい事を言われた。〝嫌〟とかそういう感情じゃなくて、なんかどきどきする。
友だちの服を脱がせるなんて、しかも『脱がせて欲しい』なんて頼まれる人ってどれだけいるんだろう。ほんとうに痛々しいとはこのこと。
「じゃやるからね」と〝みーしゃ〟に覚悟を促す。わたしも心を鬼にする覚悟をする。
そこから一分も経たずわたしの手によって〝みーしゃ〟の制服のスカートが足から抜かれ、下着もまた足から抜かれた。
毛布にうつ伏せになってお尻丸出しの〝みーしゃ〟。
ま、前の方は見てないから。
「いくらかは、その——毛布に染みこんでいるかもだから、毛布の上からどかないとせっかく着替えても着替えまで汚れるんじゃないかな?」わたしは言った。
「そうだよね」と〝みーしゃ〟は言ってもぞもぞ動き始めた。生の動くお尻はほんとに生々しい。〝みーしゃ〟は下半身を毛布の上からずらした。
わたしはわたしの下着を取り出す。他人に自分の下着を履かせるというのは妙な気分。まずは右足、左足の順で〝みーしゃ〟の両足を下着に通した。
「ちょっとだけ腰を浮かせて」わたしがそう言うと〝みーしゃ〟は少しだけお尻を上げた。
手早く〝みーしゃ〟にわたしの下着を履かせる。
「あの、前の方、拭かなかったけど……?」と〝みーしゃ〟に訊かれた。
「え、と、拭き忘れた……」
ふたりでどぎまぎ。感じで分かる。これ、向こうも同じだったみたい。
「ごめん……」
「じゃあっこのまま履いても大丈夫だから」そう言っておいた。べつに構わないと思ったから。
「う……んっ」と〝みーしゃ〟は小さく返事した。「……あのところでナプ——とかは?」
一部声が凄く小さくなって聞こえにくかった。だけど言いたいことは分かった。〝みーしゃ〟を見るとすぐ毛布に顔を埋めてしまった。気まずい。
けどわたしは言うしかない。
「忘れた」
「いろいろ汚しちゃうね……」
「いいよ別に、新品じゃないし——」
わたしは目の前がくらくらしていた。じぶんがやってることにも言ったことにも。
これ、わたしの——下着……つまりぱんつ。
わたしのぱんつ丸出しの〝みーしゃ〟。
わたしのぱんつをともだちが……しかもしかも履き古し——
ようやく着替えが終わった。上は制服、下は私服のスカート。なんだこれ?
わたしは濡れて冷たくなってしまった『みーしゃ』の制服のスカートと下着を、着替えを入れてきたポリ袋に詰め込み、さらに持ってきたドラムバッグの中に放り込んでジイィィィィッとファスナーを閉めてしまった。これでもう他人の目に触れることはない。
毛布はどうしようかと思ったが尿が染みこんじゃっているならもう使わない方がいいだろう。折り畳んで面談室の隅に置いた。その様子を見ていた〝みーしゃ〟から、
「ごめんね」、とそう言われた。さっきからこんなんばっかり。
「別に〝みーしゃ〟が悪いわけじゃないでしょ」と言った。
本当は悪いんだろうけど今さら責めてもそれにはもう意味がないから。
着替えが終わったというのに〝みーしゃ〟はまだ浮かない顔をしている。そりゃ浮かないだろうな……
「あの〜、みあぁ」
「どうかしたの?」
「そのうち『大』の方もお願いしなくちゃならないんだけど……」
「だい?」
「汚いのにその上臭いでさらにひどくなると思うけど……」
そこまで聞いてようやく分かった。
「『下のお世話』ってことだよね」
「なんだか介護される人みたいね」
そのことばにわたしが思わず笑ってしまうとつられて〝みーしゃ〟も笑い出す。
「乾いたスカート。乾いた下着。時間とともになじんでくる。あったかあい」なんて〝みーしゃ〟がいつものらしさを取り戻す。でもそれはほんの束の間——
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