第18話【襲撃されたのはじぶんだけ……なのか……?】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
お巡りさんはなおもこの状況を疑っていた。今なおその〝剣〟を踏んづけ続けている。
「いつまでわたし〝みーしゃ〟の上に乗ってればいいんですか⁉」仁科が厳しい口調で訊く。
「あと2分」お巡りさんが言った。〝2分〟の根拠はよく分からない——
その2分も過ぎたようだった。
「これで証明できましたね」と深見さんは言った。
「しょうめい?」と仁科。
「わたしは人を斬りつけたりしないこと」深見さんがそう答えた。
「防災用倉庫室にまだ毛布はありますよね?」とお巡りさんは訊いた。
「まだ十二分にあるが」と村垣先生。
「では毛布一枚と、ロープ数本をお願いします」
お巡りさんがそう言うと村垣先生は明らかにムッとした顔になったが、お巡りさんは〝剣〟を踏み続けている状態のため動けない。こんな状況では断れるはずもなく、自分に、
「ゲンセツ、手伝ってくれ」と言った。いつまでも深見さんを仁科の下敷きにはしておけないし。
自分と村垣先生は防災用倉庫室へと走り出す。毛布一枚、ロープ三本と共に職員室前の廊下に戻ってきた。防災用倉庫室は上にあるのでけっこうな時間がかかってしまった。
「その毛布をぐるぐる巻いて、巻いたらロープで縛ってください」お巡りさんが指示を出す。
「なんのためにそんなことをする?」村垣先生が訊いた。
「この剣は奇妙な剣でどういうわけか鞘が無い」お巡りさんが言った。
言われてみればそのとおり。
「だから鞘を作ってしまうんです」
自分と村垣先生は毛布をくるくると巻いていき、巻いた毛布をロープでぐるぐるに縛る。
「ロールケーキみたいですねぇ」深見さんがちょっと吹き出してしまいそうなことを言っていた。
「だね」とお巡りさんが応じる。確かにそんな感じになっている。
「ではセンセイ、その〝ロールケーキな毛布〟をこの剣のカバーにします。本官が刀身から僅かに足を浮かせますから、その間に素早く剣を包み込んで下さい」
村垣先生はお巡りさんに言われるままロールケーキ状に巻いた毛布の中心を深見さんの持つ剣先に押し込んでいく。
そして剣が毛布で覆われた。
「こんなもん引っ張ればすぽんとすぐ抜けてしまうじゃないか」と村垣先生が指摘する。
「刀身剥き出しよりはいいですよ。刃の部分に覆いをつけるとつけないとでは人の心理的効果に差異が出てきます」そうお巡りさんが応じた。
「すみません、わたしいつまで〝みーしゃ〟の上に乗ってればいいんですか⁉ こんなことしてたら死んじゃいます!」仁科が言った。
〝死ぬ〟は少し大げさだけどいつまでも人に上に乗られていては、深見さんがかわいそうだ。
お巡りさんは少し考える風。
「分かりました。では〝安全だと見なす〟ことにしましょうか。皆さん、異議はないですか?」お巡りさんが一同に確認を求めた。
誰も異議は唱えない。
「じゃ、降りますよ」と仁科が言って深見さんの上から降りた。それを待っていたかのように深見さんも立ち上がろうとした。
間髪入れずお巡りさんが待ったをかける。
「深見さんは立たないで下さい!」
「なぜ⁉」と仁科。
「最も攻撃がしにくい体勢を維持し続けて欲しいからです」
「さっき〝安全だと見なす〟って言いましたよね⁉」
「〝見なす〟とは、『そういうことにする』、という意味です」お巡りさんが答えた。
「仕方ないよ」
その声は深見さんだった。深見さんは起き上がるのを止め、またべったり毛布の上に伏せった。見かねて自ら仲裁に入ったかのようだった。
「それではこれからのことですが」とお巡りさん。
「何か考えがあるのか?」と村垣先生。
「取り敢えずこれからの時間帯ここは冷えますし、暖房のある部屋に移動すべきだと考えますが」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことはないでしょう。身体が冷えてしまいますよ」
お巡りさんの言ったことは正論だった。
「なにか適当な良い部屋はありませんか?」お巡りさんは訊いた。
「じゃあ〝面談室〟か」村垣先生が言った。
「では決まりです。深見さんを乗せたまま毛布を面談室まで引きずりましょう」
面談室は職員室のすぐ隣にある。そう長い距離じゃない。
「よし分かった」村垣先生が言った。
「センセイ仁科さんは深見さんの足下へ廻って毛布を引っ張って下さい。本官はこのまま深見さんの頭の方に立ちます。水神くんは本官のすぐ後に位置取りして下さい」
お巡りさんと自分はそのように立ち位置をとる。
「オイ、一番力のありそうな者がなにもしないのか?」と村垣先生。
「いいえ、剣の切っ先側に誰かを立てないといけません」お巡りさんが反論した。
仁科ってのはなにも言わない。
「しょうがない」と言って村垣先生が仁科に声を掛け深見さんの足下へ廻りふたりで毛布の端を掴んだ。
「せーのっ!」と村垣先生だけが声を出した。
次の瞬間だ。
僅かに毛布を引きずったかと思った途端村垣先生が滑ってコケ、くるっと身体も半回転、尻もちをついてしまった。
「うわっ」という村垣先生の声と「ひゃっ!」という深見さんの声。
その時確かに自分は見た。
深見さんの足の裏、と村垣先生のふくらはぎの辺りが接触したのを!
すわっ、何かが起こる! と思ったが何も起こらない。
「おー、いてて」と言いながら村垣先生が再度深見さんを乗せたままの毛布を引っ張る。
村垣先生の言っていた『妖刀村正』のことを思い出す。この剣はそういう物じゃなかったのか?
だがもっと深刻な事態が自分の身にだけ降り掛かっているような気がしていた。
あの仁科ってやつが深見さんの上に乗り、お巡りさんが深見さんの持つ剣を踏み、村垣先生が深見さんに触れたのに、それでいて何も起こらない。
これはつまりどういうことなんだよ?
自分だけが深見さんに襲撃された。これって『深見さんにとって自分は敵』、こういうことになるじゃないか!
今も深見さんは面談室へ向けて順調に引きずられている。
唐突に深見さんが口を開いた。
「わたし〝みあ〟とふたりで話しをしたいんですが」と。
実際に〝つき〟はしないが、深く救いもないため息をつきたくなる気分だ。
この自分に対し明らかにネガティブな感情を持つこの女が深見さんが最も頼りとする友だちなら、この自分にはなんの見込みもないということになる。
いったいこの仁科ってやつと何の話しをするんだよ、深見さん。
なんでこんなのと友だちなんだよ。
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