第17話【深見さん確保作戦】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
自分はお巡りさんに感謝した。心底に。
けど面と向かって人を『ストーカー』と呼んだこの女は何だ⁉ 少しくらい美少女面しているからといっていい気になるな! さっきまで、さっきまで深見さんに声を掛けられて浮き浮きした心が、心が凍りつく。なんてことだ‼
一生懸命いつか気づいてくれないかと思っていた深見さんにはまるで自分の存在が気づかれず、こんな女に自分の存在を気づかれるとは!
だが自分はこの女子に直接ものを言うことはできないでいた。今はせめてこのお巡りさんに心の中で感謝することしかできない。
しかし深見さんの名前って『みーしゃ』なのか? それだと軽い衝撃を受けてしまう。『みいさ』だと信じ込んでいるから。そっちの方が良いと思っているから。
「みあーっ、今からわたしの確保を手伝ってーっ」
深見さんが『仁科とかいう友だち』に端的過ぎるほどの表現で用件を言った。
「あの、確保ってのはわたしを捕まえるってことです」と、さらに付け足す深見さん。
「捕まえるって正気なの? なんで?」仁科とかいう友だちが訊く。
「見ての通りこの剣のせいだから! わたしを捕まえないと先へは進めない。わたしが捕まえてと言ってるんだから捕まえて! 捕まえるの手伝って!」
「捕まえるって、どう捕まえるの⁉」
「申し訳ありません。ひとつ確認したいことがあります」お巡りさんが深見さんと仁科ってのの会話に割り込んだ。
「なんです?」と仁科ってのが怪訝そうな声を出した。
「仁科さんにはご協力いただけると、そういうことでよろしいですか?」と訊いた。
「あの剣はなんなんです?」
「本人によると『手にくっついて離れない』ということです」
「は?」
「どういうことか確かめるためにも身柄の確保をしなければなりません」
「なら早く助けてあげてください」
「そうしたいのはやまやまですが〝剣〟というのは凶器です。それを手放せないとなるとここは慎重に行動しなければなりません」
「どう慎重に行動するんですか⁉」
仁科ってのがイラついているのが解る。
「取り敢えず〝友だち〟が来てくれることが今の深見さんに安心感を与えるとは考えませんか? 慎重な行動はもう始まってます」お巡りさんが平坦な声で言った。
「——では取り敢えず校舎の中に戻りましょう」お巡りさんが提案した。
その声で深見さんはくるりとみんなに背を向け校舎の中へと歩いていく。自分も含め他四人も適度に距離をとりつつその後に続いていく。いよいよ深見さん確保作戦が始まる。
場所は職員室前の廊下。そこだけに灯りが点いている。廊下の真ん中には三階にある防災用倉庫室から引っ張り出してきた毛布が既に〝人一人寝そべることができるくらいの幅〟に畳まれ敷いてある。作戦の第一歩だ。
「では深見さん、打ち合わせ通り、毛布の上にうつ伏せに寝てください」お巡りさんが言った。
深見さんはお巡りさんの指示通り、毛布の上に乗り、さらに両膝をついた。剣を両手に握ったままうつ伏せに寝ると自然〝剣を上段に構えた姿勢〟になる。その際剣が廊下と接触しカコオォォォォンという低く重たそうな金属音が響く。
「みあっ」深見さんが突然仁科の名を呼ぶ。「わたしの上に乗って!」深見さんが打ち合わせに無いことを言いだした。「そうすればわたしの確保がやりやすくなるから!」
「どういうことです⁉」と声を出したのはお巡りさん。
「どういうことって、なにっ?」仁科が鋭い声を出す。「わたしに何をやらせるつもりで呼んだの⁉」
お巡りさんが口を開いた。
「あなたには深見さんに〝安心感〟だけを与えてくれればいいと、そういう役割だけを期待していました」
結論から言えば要するに『深見さん確保作戦』の結論は出ていなかった。
〝深見さんを毛布の上にうつ伏せに寝かせる〟、ここまでしか決められなかった。お巡りさんと村垣先生の間で深刻な意見の違いがあったからだ。
深見さんは剣の柄を両手で握ったまま。この状態でうつ伏せに寝かせる。これは〝最も攻撃がしにくい体勢〟を深見さんにとってもらうことを意味していた。
毛布の上に寝かせたのは、そのまま毛布を引きずればある程度は〝うつ伏せに寝かせた姿勢〟のまま移動させることができるからだ。それに深見さんの身体も冷えない、と、こういうことだった。
だけど、計画はここまで。その後は未定のままだ。
その未定の予定に深見さんが何かを書き加えようとしている。そういう話しを聞いてなかったお巡りさんが驚くのも無理はない。
「〝みあっ〟お願いっ!」深見さんが頼んだ。
「上に乗りますか? 個人的にはお勧めできませんが」お巡りさんがその仁科に言った。
「お勧めできないってどういうことですか? 〝圧死〟するかもって思ってますか?」仁科ってのが言った。言い方がキツい。
「人が一人、彼女の持つ剣で斬られかけています。不用意に近づくのは危険です」お巡りさんが〝事件の核心〟を口にした。
「え……」と言って絶句する仁科。
「危なくないようにわたしの足元から近づくってのはどうですかっ⁉」深見さんが提案した。
「確かにそれなら攻撃体勢を整えるのに少々時間がかかりますね。しかし少々時間がかかるだけです」
「だけどこのまま〝みーしゃ〟を寝かせておいても確保なんてできない! どうやって確保するつもりだったんですか⁉」仁科が訊いた。
「十八時を過ぎています。捜索願の提出を待って本署から応援を呼ぶつもりでした」とお巡りさん。
「警察に〝みーしゃ〟を捕まえさせるつもりなんですね⁉」
仁科ってのが要点を突いた。
そう、お巡りさんと村垣先生の対立の原因はここだ。お巡りさんは時間が来ればそうするしかなくなると判断して敢えて引き、結論を先送りにしたのだと感じる。
「だったらわたしが〝みーしゃ〟を確保しますっ」仁科が啖呵を切った。
「なら仕方ありませんね」お巡りさんが言った。あの歳の人から見れば高校二年なんて子どもみたいに見えるはずなのにあっさり引き下がるあたり本当に読めない。
「ではまず本官が深見さんの頭の方から近づいてその〝剣〟を踏みつけます」お巡りさんが言った。
「そんなことをして大丈夫なのか?」村垣先生が言った。
「解りません。しかし警官としてはやるしかない。防刃服を信じるしかありません」お巡りさんはそう返事した。
「そして仁科さん、深見さんの足下の方から静かに近づいて下さい。そして本官が剣を踏みつけた直後深見さんの上にまたがるように乗って下さい。同時に深見さんの肘から手首の間どこでもいいのでつかんで下に押しつけて下さい」
「分かりました。やります」仁科が言った。
お巡りさんが深見さんの頭の方に廻る。仁科が深見さんの足下でスタンバイ。
剣など踏みつけたら斬り掛かられるんじゃ……思わず唾を飲み込む。
お巡りさんが仁科に手振りで合図を送る。両者うつ伏せのままになっている深見さんに近づいていく。お巡りさんが剣の刀身を静かに踏みつける。
うんっ! 思わずお腹に力が入る。
どさん、と静かに仁科が深見さんの背後から忍び寄り上に乗った。次いで深見さんの両手首の上あたりが仁科の両手によってぎゅっと握られ廊下に押しつけられた。
何ごとか起こるか。起こるか? まだ緊張は解けない。
目の前に一枚の静止画があるかのようだった。
何ごとも起こらない。現状、お巡りさんと仁科が深見さんを捕らえてしまった——
人をストーカー呼ばわりした仁科ってのは気に食わない。だけど深見さんは仁科ってのの友だちらしい。深見さんはその〝友だち〟ってのにけっこう危険なことをさせたように見えた。そして仁科っていう深見さんの友だちはそれに応えてしまった……
なにかこう……憮然とするというか、うまく表現できない。あまり愉快でない気分がする。
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