第13話【女子トイレ】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
トイレは階段を昇りきったすぐ脇にあるというのがこの校舎の設計スタイル。一階も二階も三階も。三階につくやいなや左手がすぐにトイレだ。村垣先生がさす又を前に倒して構える。
現場がトイレの可能性が高いと聞いて急に心拍数が上がったようなそんな気が激しくする。学校・怪談・トイレというのはテッパンだ。トイレには何かがいる。
しかし合理的に考えればトイレという場所は好都合だ。つまり縦に細長い。横への移動ができない分『さす又』の先、U字型の中にはまりやすい。はまれば相手はこちらに接近できない。『さす又』はこういう場所で相手を捉えやすい。とは言えあの剣を振り回されたらこんな木の柄など真っ二つだろうな。
お巡りさんのカンは当たった。三階トイレの水道の流れる音だ。女子トイレの方だった。
「この場合踏み込んでも文句は言いませんよね」お巡りさんは村垣先生に小声で奇妙な念押しをする。
「当たり前だ。水道代がかかるだろう。税金だしな」
このやり取りのおかげで極度の緊張感は台無しだ。でもそれでいいと思う。女子トイレの中に懐中電灯が照射される。誰もいない。水道の蛇口から水が出っぱなしになっている。
お巡りさんはまず先頭に立ち女子トイレの中に踏み込み電気を点け蛇口をキュッっと閉める。こんな些細な音でも大きく感じる。流れ続けていた水の音が消え、辺りはまったく無音となった。
「ドアが閉まってる」自分が声を上げた。
通常個室トイレ、男子で言うところの『大』の方のトイレ、そのドアは中に誰もいないと自動的に内側に向かって開きっぱなしになる。いくつか並んだ個室トイレのうち一つのドアが閉まっていた。お巡りさんがドアノブ付近を確認すると、鍵の部分、使用中かあるいは空室かを示す表示窓の中が『赤』になっていた。
『使用中』だ。内側から鍵がロックされている。
「誰かいますか? いたら出てきてください」、お巡りさんがそう言っても何の反応もない。
「『花子さん』ってどの部屋にいましたっけ?」お巡りさんが言った。
「あんたはこんな時に何言ってんだ?」村垣先生が怒る。
その時だった。か細い声で、
「違います〜」という声が聞こえてきた。特徴的な声だった。この声じゃなかったら『血がいます〜』という意味にとっていたかもしれない。自分は即座に言い切った。
「深見さんです」
続くように村垣先生も言った。「ウチのクラスの深見の声です」
『花子さん』もこのお巡りさんの計算だろうか? それで確信を得たお巡りさんは改めてトイレのドアをノックする。
「本官は東王署の中司巡査です。ここを開けてもらえませんか」
内側では何か躊躇っているようだった。
「警官を名乗っても知らない男の声じゃダメのようです。深見さんを知っている方、何か声を掛けてください」
「ついてきてよかったじゃないか」村垣先生が嫌味を言う。
お巡りさんはそんな村垣先生をすっ飛ばし、「水神君、なにか声を」と言った。
ドギマギする。しかしここまで来てしまったんだ、言うしかない。
「あの、深見さん、今日の四時前にグラウンドで剣を引っ張っていた時に声を掛けた一組の水神です。あ、あの時名前は名乗ってないけど。あの、ここを開けてください」
返事は無い。
「それから、あの……目はだいじょうぶ?」さらにそう続けて言った。
「うん」
確かに返事がした。
「よかったぁ」
自分は心の中でも(よかったぁ)と、出たことばと全く同じ感情を抱いていた。
「じゃあ水神くんが警察の人を連れてきてくれたんだ」深見さんのその声はほんの少しだけど弾んでいるように聞こえた。もし本当に自分のことをどうしようもなく嫌っていたらこういう声は出ないはず。
でも演劇部は演技するのが上手い人のはずではあるけれど——。そして警察を連れてきた事情は多少違っているけれど……
「私もいるぞ深見!」村垣先生も声を掛ける。
「水神くん、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのに。ごめんなさい」深見さんは言った。確かにそう言った。このことばを聞いて心底ホッとする。怒ったわけじゃなかった。ほんとうに、よかった——。
「大丈夫。ケガもしてないから」と、そう自分は応じていた。
そのことばに深見さんもホッとしたのか、会話が繋がっていく。
「そこにいるのは全員で三人なんですよね?」深見さんが訊いてきた。
「ああ」と代表で返答したのは村垣先生。その返事に応えて深見さんが言う。
「ではよく聞いてください。わたしは今からこの戸を開けます。開けますから少し遠くに離れていてください。とっても危ないんです」
危ない?
「——水神くんなら分かるよね。どう危ないか」
あの剣、握ったままなのか?
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