第12話【校内パトロール】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 お巡りさんと村垣先生といっしょなのに……。その時薄暗い廊下の彼方で音がした。

 ポルルルルルル、ポルルルルルル……

 もの悲しいようなとてつもなく怖ろしいような電話の音。

「センセイ、電話鳴ってますね」お巡りさんが言った。

「放っておけ」村垣先生がそう返した。


 もはや校舎内は〝薄暗い〟を越えた暗さになっている。お巡りさんの掲げる懐中電灯の白い光が床を壁を飛び回る。今、正に学校の怪談状態。だけどこのパトロールが『学校の怪談』と決定的に違うのは、相手が生身の人間だってことだ。それも凶器を持った——


 ある意味こちらの方が怖ろしい。だから自分と先生も『さす又』など手にしている。たぶん自分が持ってもものの役には立たないだろうけど気休めでもそれでも持っている。本当はやりたくはないけれど——


 お巡りさんは警棒は握りしめているけど片手に懐中電灯というのが心許ない。不安で占められた自分の心の内をまるで読んだかのようにそのお巡りさんが口を開いた。


「よく物語の世界では学校の中に『宿直室』という番をするための部屋があるんですよね? そういうのはこの学校にあるんですか?」

 村垣先生が自分に振られた問いとして答える。

「唐突に何が言いたい?」

「いえ、お二人ともずいぶん緊張しているようなので軟らかい話を、と思ったまでです」

「ここに泊まれるのか? と訊いているようにしか聞こえなかったが」

「そういうわけじゃありませんよ。で、どうなんです?」

「泊まれん。そういう設備は無い」

「ですか」

「なんなんだあんたは」

 話しながら歩きながら一部屋ずつ教室の確認作業をしながらお巡りさんが尚も喋り続ける。

「要するにこの状況を怖ろしがっているようなので」

「なに?」と村垣先生は気色ばんだように言ったが、自分は反応できなかった。お巡りさんは、

「会話することで紛らわそうかと考えた次第で」とまだひとり喋り続けていた。


 そのうちに一階の全教室の探索が終わった。トイレその他のもろもろの部屋まで丁寧に探索した。


 お巡りさんはさっきの続きを忘れてはいないと見えて〝続き〟を始める。


「どうしました? 別に片意地張る必要もないでしょう。本官だってたった今だって恐怖はありますよ」と言った。

 自分も村垣先生もなにも言わない。『次は二階』とばかりに三人連なって階段を昇り始める。お巡りさんはさらにことばを継ぎ足した。

「結局その恐怖から逃れるために気休めでパトロールしてる次第ですから」

「どういう風に怖いんですか?」ようやくここで自分が声を出せた。

「殺人事件を未然に防げないかもしれない、しかも本官の判断一つに防げるか防げないかがかかっている、今この時生きている人間の誰かが何十分か後に死んでいるかもしれない、というのは恐怖ですよ」

「それが警察の人の恐怖なんですね」また自分が言った。

「いわゆる『学校の怪談』的恐怖ならありません。夜の学校が怖いのは自分の足音がやけに響くから怖いんです。三人もうち揃ってぱたぱた足音を立ててたら幽霊だって逃げます」

 そのお巡りさんのことばを最後に三人とも黙ってしまった。校舎二階の教室の探索が一室また一室と続いていく。何十分後かに誰かが死ぬ。そんなことが起こるってのか……


 ここまでだんまりを決め込んでいた村垣先生が、いかにも重いといった口を開いた。

「あんたは私のクラスの生徒が殺人を犯すと思っているということだな……」


 深見さんが本当に殺人犯に?


「得体の知れない鋭すぎる凶器を持った人間が近くをうろついていると考えています。ただセンセイが指摘されたとおりこの学校の校舎及び敷地の中とは限りませんけど」お巡りさんが答えた

「今はむしろこの学校の中にいて欲しいね、なぜな——」と村垣先生が言ったところでかすかな音が遠くから響いてきた。瞬間的にゾっとするような戦慄が身体を走る。

「何の音?」考えるより先に他人に声を掛けていた。しかもその自分の声は無意識に小声になっていた。

「待て」お巡りさんが言う。

 音が流れ続けてる。

 ——静かに階段の方へ。音は上階から流れてきているよう……

「ありゃ水道だな」お巡りさんが結論を出した。

「するとどういうことになる?」村垣先生が先を促す。

「本官達がここへ来たとき一通り見て回りましたが、その時は水が出しっぱなしということはありませんでした」

「おかしいだろ」

「しかし事実です」

「結論だ。結論を言え」村垣先生の声に静かな怒気が籠もる。

「誰かいます。上に。それも水道のあるところとなると……」

「三階には理科室は無いです」自分は言った。

「なら決まりです。場所は間違いなくトイレです」


 怖い——しかしどうしよう。お巡りさんと村垣先生は三階へと進むつもりだ。成り行きに任せるように自分も階段の方へと自動的について行ってしまっている。


「異常は無かったはずじゃないのか?」村垣先生が小声で問うた。

「たった二人の警官の捜索です。数千人の警官で大捜索してたわけじゃありません」お巡りさんが答えた。

「開き直る気か?」

「あなたはかくれんぼをする時、隠れる場所を変えたことはありませんか? 鬼が通り過ぎた後隠れる場所を変えるんです。人は一度捜した場所をまた捜すことは稀です。名前は失念しましたがなにか古典の中にそういう話しがあったはずです」

「言い訳はいい。あんたはどうするつもりだ?」

「当然上がりますよ、三階に」

「よし行くぞ!」村垣先生は階段に足を掛けた。

 お巡りさんは村垣先生の返事と行動を意外に思ったのか、

「幽霊ならいざ知らず、凶器を持っているかもしれない相手に一般市民が興味本位で近づくのは勧めない」と、階段を昇りながら口にした。

「何を言う? 我々が着いて来るのを拒否しなかったろうが」村垣先生が言い返す。

「〝脅威〟が本官のいない職員室の方に現れる可能性もありましたから」とお巡りさんがさらに返した。

「あんたに責任をおっかぶせるような真似はしない。深見がここにいるなら私が説得できると言ってるんだ」それが村垣先生の答えだった。

 自分はどうすればいい? ただ言えることは深見さんの説得など自分には到底できないだろうということ。それでも尚階段を上へと昇っていく。階段踊り場でお巡りさんが改めて腕時計を見た。

「十八時五分前」、そう呟くように言った。


 自分も含め三人、足音を抑え極めて慎重に上階へと昇っていく。

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