第11話【十八時】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 グラウンドなどにいつまでもいられない。自分たち三人は取り敢えず職員室へと戻っていた。そんな中ひとりお巡りさんが喋り続けている。


「警官などやっていると頼りになる人だと思われてね。警官としてなんの実績も無いが要はこの制服が人にそう思わせるんだろうな。制服の威力だ。自衛官や消防官もまた然り。例えば数人の人々がいる。制服を着ている人がその中にたった一人の場合、のし掛かる責任も格段に重くなる。この際高校など学校の制服はカウントしない」

「それであんたの責任が重いってことか?」村垣先生が訊いた。

「ハイ。『ここに残らねば』というカンはある意味当たりましたが、どの時点でこれを事件として昇格させるか、それが問題です。深見さんという当該生徒の家に電話してもらうも誰も出ない。その友達の家に電話するも『心当たり無し』ですから。なにか不可思議な事件は確実に起こっています」

 お巡りさんは腕時計を見た。

「十八時、ここを区切りとしませんか?」そう提案された。

「十八時を過ぎたらどうなる?」村垣先生が訊き返した。

「水神君には被害届を出して貰うんです。そうすれば警察という組織を深見さん捜索のために動かすことが出来ます」よどみなくお巡りさんが言った。

「しょうがない」村垣先生は言った。自分も無言で頷いた。

「これは一種の妥協の産物です」お巡りさんはそう口にした。


「——と言うのもセンセイも水神君もこの案件を事件化することについてどこか消極的ではありませんか? なんとなく分かります」


 確かにその通り——だ。


「——ただ問題はその高二少女が尋常ではない凶器を携帯している可能性があるという点です。警察とは事件が起こる前にはなかなか動かないものです。予兆だけではね。しかし、この恐るべき凶器を使って何らかの事件が起こった場合本官が個人的に後悔するのですよ」

 お巡りさんはなお喋り続ける。

「——その高二少女は校舎の窓ガラスという典型的破壊対象物であるモノには目もくれずヒトを襲撃しました。危ういと思います。本当は独断専行でこんな真似をしてもいいことはないはずなんですが我ながら自分の行動は分からないものです」


「まさかとは思うが——」と村垣先生、「あんたこの状況を面白がってはいないか?」

「こうした状況が好きなのだとしたら自分もある意味相当問題警官ですね」

 お巡りさんは実にあっさりと認め再び腕時計に目を落とす。

「十八時まであと三十分ほどですか」

「三十分で事態を好転させる方法でもあるのか?」村垣先生が訊いた。

「今一度、一階から三階まで校舎の中を廻ってみようと思います」

「調べたんじゃなかったのか?」

「念のためです」

「ずいぶん時間が経った。もう学校の敷地外に出てしまったかもしれんがな」村垣先生が皮肉めいて言った。

「確かに。しかし剣のような長物を持ったまま人目に付く場所を彷徨っていたら既になんらかの通報が入っているかもしれない」

「それが無いってか?」

「無線ではなんとも言ってきませんね」

 今度は村垣先生は何も言わない。

「ここ(職員室)で十八時まで油を売っていても仕方ありませんし」お巡りさんはそう言った。

「そういうことなら俺も行く」村垣先生が即座に言って立ち上がり立てかけてあった『さす又』に手を伸ばす。

「僕も行きます」反射的に自分もそう言っていた。

 せめてこの三十分の間だけ何も起こってくれるな——と思いながら。


「ゲンセツ、行くんだったら『さす又』を持っていけ」村垣先生はそう自分に言った。自分も『さす又』を手に取る。


 一緒に深見さんを捜しに行くという行動は勇気がある行為かどうかは怪しい。

 お巡りさんと村垣先生が行ってしまったら自分はここで独りになってしまう。三十分動かずに待てる神経は無かった。動いてないと不安を紛らすことができないみたいだ。

 ただ、無事で済むんだろうか? という嫌な予感がある。自分は小心者だ。

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