第8話【警官・教師・一生徒、夕闇の中の学校に居残る】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
「さて、自分は東王警察署の中司巡査であります」若手の警官はまたも生真面目そうに敬礼した。だがその直後、
「三人で大いに語り合いませんか」などと突然崩れたことを言いだした。さらに中司巡査と名乗った若手の警官はことばを繋ぐ。
「少年、いや水神君とか言ったっけ? 君も喋った方がいいぞ。本官は少々型破りでね。知ってることをなんでも気安く言っていい」
まるで『お巡りさん』とでも言って欲しいかのような妙にフレンドリーな態度。同じようなことは村垣先生も感じたらしく、
「あんた、さっきとは打って変わった態度だな」と言っていた。
「あなたではなく少年の方に何か言って欲しいのですが」中司巡査が自分の方を見る。
「何かって……何です?」自分は警官の人に直接視線を送らずに言った。その警戒心を悟られでもしたか、
「何か、事件あったよね」そう断定調に強い押しを込めて言われてしまった。
「ちょっと待てあんた!」村垣先生が気色ばむ。
中司巡査が村垣先生を見る。
「この件がでっち上げだと思っているんですか? この少年、それやりますか?」と逆に中司巡査に尋ねられ村垣先生は一瞬詰まる。
が、すぐさま言い返す。
「これは私のカンだがそんなものとは違うな。確実に違う。何かは分からないが何事かは起こっている。ゲンセ——いや水神君が職員室に飛び込んできたその時の雰囲気で分かる」
「ありがとう、先生……」
自分でもこんな台詞が吐けるとは思ってもいなかったが自然とそう出てしまった。身体に感じる『ほの暖かい雰囲気』。だけどそんな雰囲気など意に介さない中司巡査という警官。さらに妙なことを言い出した。
「水神君を襲った犯人はいま何をしているんだろうな? どう? 水神君」
「え? それは……」
「夕食が午後六時だとして夕食まで一時間を切っている。そろそろ何か食べたくなる頃だね。家に帰ったんだろうか?」
中司巡査……いや、このお巡りさんは重大な事を言ったと感じた。深見さんが今どこにいるかってのは自分もずっと気になっていた。だからここに来たんだ。それを警察の人が調べてくれると言っているのなら正に渡りに船じゃないか。
だがこのお巡りさんは別のことを口にした。
「水神君を襲った犯人はこの後何をするんだろうな?」
「ちょっと待てよあんた、何が言いたい?」村垣先生が割って入って来る。
「目的があるのかどうか、そこが気になっているんです」
「目的だと?」
「たまたま水神君がそこにいたから狙われたのか? それとも水神君だから襲われたのか?」
!っ
「もし後者ならこのまま『ハイ解散っ』ってやっちゃったらマズいとは思いませんか?」お巡りさんが訊いた。
「あんたのカンじゃ話しにならん。それなりの根拠があって言ってるんだろうな?」
村垣先生はついさっき自分も〝カン〟と言ったことを忘れているみたいだ。しかしお巡りさんはそんなものには突っ込みもせず、
「ざっとしか見てはいませんが校舎のどこにも窓ガラス等壊された様子がありませんでした。だとすると攻撃対象はモノではなくヒトとしか考えられないというわけで」と言った。
「……うむぅ」と唸る村垣先生。
「これはけっこう重要な問題でして、前者なら通り魔殺人を未然に防ぐという意味もあるのかもしれません」
「それは僕だから襲われたのかもしれない……」
こんなことを口にするつもりはまったく無かった。魔が差したのかもしれない。けどこれを言わなければならないような気がしたとしか——
「それは犯人に心当たりがあるという意味になりますが——」お巡りさんが言った。
「まさか本当にいじめがあったのか?」と村垣先生が口にした時、間髪入れずお巡りさんが次の矢を放った。
「心当たりがあるなら我々にその名前を教えてくれた方がいい」
お巡りさんが道を造ってくれた。
それでも言うべきかどうか迷う。
「え? どういうことだ? いじめる者が怖いから名を出せないとかじゃないのか?」また村垣先生が訊いてきた。
「そんなに怖いのか?」またも村垣先生に急かされるように声を掛けられる。
「そりゃ怖いよ! あれをよけられたのは奇跡だよっ‼」堰が切れたような声の大きさでワッと言い切ってしまった!
自分はこんなに感情的な人間じゃないと思ってたのに。
「もしかして、ことはおおごと、じゃないのか?」村垣先生が呟くように言った。
「むろん〝おおごと〟です。当初から振り回されたのは鉄パイプだと通報されています。鉄パイプはれっきとした凶器でこれは殺人未遂事件です。だから本官はここに残ったのです」そうお巡りさんはキッパリ言い切った。そして付け加える。
「そしてそういう悪い奴はとっとと逮捕する必要がある」
「なんで……なんで……」自然に唇をかんでいた。
なぜだか目から涙……そんなものが出かかっている。自分を襲った人間の名前は——出したくない。いや、信じたくない。
お巡りさんが傍らの村垣先生に耳打ちするような仕草をするのが視界の隅に見えた。
「我々は勘違いしていたのかもしれない」仕草の割に声はよく通っていた。
「なにをどう勘違いしたってんだ? 殺人未遂の犯人を逮捕するんだろう?」村垣先生がいら立ちを隠そうともせずに訊いた。
「我々は彼の感じている恐怖を勘違いしているかもしれない」お巡りさんが答えた。
「じゃあどう理解するんだ? カンでの判断か?」
「事件が起こったのが確実なら、『現場に行ってみようじゃないか』、ってところから始めますかね」
「そこへ行くとなにが見つかる?」
「行ってみなければなんとも言えません。ですが基本中の基本です」
みっともない。みっともない。みじめ。みじめ。みっともない。自己嫌悪しかない。
悪いのは自分かもしれない。深見さんの手に触りそうになっちゃったから、いや服の上からだけど身体のどこかにも触っていた。
だからといってあんな剣で、あんなに速く、人に向かって振りつけるものなのか? 当たってたら間違いなくただじゃ済まない。死んでたかもしれない。
深見さん、そんなに嫌だったのか、そんなに怒っていたのか。そんな人だったのか。
いや、自分はそんな人じゃないのに。だけど、確実に殺されそうになっていた。自分も人並みに思う。死にたくはない、と。起こったことはここにいるお巡りさんや村垣先生に洗いざらい言った方がいいに決まってる……そう言える雰囲気を造ってくれたってのに。
でも、それでも『死にかけた』とか『殺されそう』だとか訴えることができなかった——
なんなんだよこれは。
「水神君、現場に案内してくれないか」お巡りさんの声がした。
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