第7話【警察官、到着!】
警察官として採用され二年目、中司永一(なかつかさ・えいいち)は先輩警官と共に通報のあった県立東王東高等学校に到着したところだった。即座にパトカーから降りる。
「気をつけろ。まだその辺にいるかもしれんぞ」
「凶器を持って暴れている奴は一人でしたよね?」中司巡査は先輩警官に訊いた。
「通報ではな。だが注意しろ」
『高二男子・水神元雪から見える光景』
まずいことになった、そう思うしかない。先生が咄嗟の判断で通報してしまったので自分にはどうしようもないが、今となっては『110番』は正解だったのかどうか。
県立東王東高等学校職員室に溢れるのは不穏な空気。ふたりの制服姿の警官が職員室の中にいる。先生たちが持っていた『さす又』は元の場所に戻されることもなく無造作にその辺の机に立てかけてある。
「すると何ですか? 先生方は容疑者の姿は『実際には見ていない』で間違いないのですね?」中年の方の警官が三人の教師を前にしてそんなことを言っていた。
「ええ、まぁ」うち一人の先生が所在なげな返事をする。
「皆さん、三人ともそれで間違いない?」とさらに同じ警官が訊いた。
「間違いありません」もう一人の先生が言った。
「しかしそこの生徒さん、要領を得ない答えを繰り返すばかりじゃないか」
何度も「水神君、警察の方に説明を」と村垣先生に言われたが、詳しい事情などどう話せばいいというのだろう。
「犯人の顔をよく見ていない」、としか答えられなかった。
こういう雰囲気になっているのには当然訳がある。警官の人たちが校内を一通り見て回ったが異常が見つからないのだ。不審者はもちろんのこと物が壊されていただとか、そうした箇所等どこにも見つからなかったことが原因としか思えない。事件の形跡が無いのだ。
当然深見さんも見つからない。職員室の中、未だ校内に留まっている学校関係者は四人。この中で唯一犯人の姿を見ているのが自分でその自分が何が起こったかをどう説明していいか分からない。
何度尋ねられてもあやふやなことしか言えないものだから警官が一杯食わされたとしてイラつき始めるのも無理はない。
自分が疑われ始めている……ひょっとして先生たち一同も『この生徒に一杯食わされた』と思っているかも。騙されてまんまと110番通報してしまった、と。
突然、
「その生徒さんの制服、砂ぼこりがずいぶんついていますね?」と中年の方の警官が自分の方に視線を送りつつそんな疑問を口にした。
「と、言いますと」と村垣先生。
「自分で制服をそこまで汚す人間はいない。誰か他人にやられたんじゃないかね」
「そう考えるのが自然でしょうね」と村垣先生が相づちをうつ。
「当初生徒さんは助けを求める様子で職員室に入ってきた?」
「ええ、そうです」
「しかしその後口を濁し始めた。やった者の名を表に出すのを躊躇っているとしか考えられない。つまりこれは『いじめのSOSサイン』というやつじゃないのかね? まさかあなた方教師はつまらぬ事を考えてやしないでしょうな?」
そのことばの意味するところは瞬時に解った。『いじめ隠ぺい工作をしていないだろうな』と警官が疑っているってことだ。
「水神っはっきり説明しろ!」「虚偽の110番通報は罪なんだぞ!」
自分はふたりの先生にほぼ同時に責め立てられ始めた。話しがあらぬ方向へと逸れていってしまう。
「なるほど、お巡りさんの言うことももっともだ」村垣先生までがそう言っていた。
中年の方の警官は満足そうに頷いたが、すぐさま態度を引き締め、
「この件はいろいろと解釈ができる」と言った。
「私が生徒とよくよく話してみます」と村垣先生が応えた。その警官は再び頷くと自分に声を掛けた。
「君、学校では埒が明かなくなったら遠慮せずに警察に通報するように」
結局これでお開きという雰囲気になってしまった。村垣先生が他の先生ふたりに「この場はいいから」と帰宅を促すと先生たちは〝ようやく解放された〟とばかりに喜々とした様子で家路についた。
それを目で見送った中年の方の警官が「我々も引き上げるか」と言ったとき、これまで横で温和しく黙っていた若手の警官が突然妙なことを口にした。
「本官はこの生徒さんの話しを今少し聞いてみようと考えています」
自分?
中年の方の警官が僅かに眉を動かしたような気がした。
「説教をするつもりか? 本当のところは分からないんだぞ」
「説教ではありません。先輩が『いじめ』の可能性を示唆されたものですから、どうしてもあと少し話しを聞き、確認したいのです」
冗談じゃない。
「オイ、警察はスクールカウンセラーじゃないんだぞ」
その通り。
「現時刻においてスクールカウンセラーは不在のようですから、この後何かが起こった場合、非常に後味が悪くなります」
なにそれ?
中年の方の警官は苦い表情をしたままだったが若手の警官は意に介さずといった風。どうもこの若手警官、言外に『この自分の自殺』の可能性について言っているとしか思えない。
「パトカー乗ってっちゃって構いませんから、本官は後でパトロールがてら署の方に戻ります」
若手の警官は『呆れた』というような意味の事を言われていた。中年の方の警官は自分が『イジメの可能性』を指摘した手前、若手警官の言う『何かが起こった場合』を無視できなくなっているようだった。かと言っていつまでもこの学校にいるわけにもいかないという。
結局警官が一人この場を去り一人が残る形となった。
警察のパトロールって二人一組でするのが決まりじゃなかったっけ?
若手警官は生真面目そうな敬礼をして歳を取った警官を送り出していた、
なんだかずいぶんヘンな警官が来てしまった。
場所は職員室。村垣先生と少し変わった警官の人と自分、この妙な組み合わせ。居心地は良くない。
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