第5話【状況は既に異常、ならば善後策は?】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 グラウンドから一番近い建物、体育館。その体育館の蔭、ようやく壁に背を預けることができていた。少なくともここなら背後を取られる心配はない。

 まだ息がゼェゼェ切れている。十七歳にしてもう体力が衰えているのか。高校入学以来ろくに運動していないツケが出た。やりたくないからやらないだけなんだけど。


 少し落ち着いたら考える余裕が出てきた。たった今……死にそうになっていたよな……

 アレは金属製だ。あの反射は間違いなく金属だった。例えば金属バットを思いっきり振り下ろされたら、そしてそれの直撃をもろに食らったら、確実に死ぬ。


 問題はこの後。この後の自分の行動をどうすべきか? どこへ行けばいい?


 とにかくこんな時間帯だ。ここはもう暗くなってきてる。暗い場所が安全であるはずがない。もっと安全な場所、そこへ移動するべきだ。


 渡り廊下を道なりにそのまま進むと右へ曲がり校舎の中へと続く、そこには靴箱がずらりと並んでいる。ここまではいい。

 ここからが分かれ道、靴に履き替えそのまま家に帰るという道もあると、そんな考えが頭に浮かんできた。


 だが帰ってしまっていいのか? 深見さんを残して。


 今ここで帰ってしまったら何から何まで全て謎のままだ。


 『情報収集をしたい』、率直にそう思ってしまった。

 そのためには今しばらくこの学校の中に身を潜める必要がある。この学校の中で安全な場所ってどこだ?

 まずある程度見通しが良くなくちゃいけない。ある程度人気ひとけだって必要だ。この体育館の蔭はそういう意味でいるべき所じゃない。もちろん背後をとられる心配の無い場所で、且つ逃げ道だって必要だ。そんな場所が安全な場所のはずだ。


 『学校の駐車場』、そこしかないと考えた。

 ある程度見通しはきく。駐まっている車はゼロ台じゃないからある程度人気ひとけがあると言える。校舎の壁を背にすれば背後を気にする必要はない。それに駐車場だから校門にも近い。その出口から出ればそこはもう比較的人通りの多い通りになる。と、ここまで考えて思いついた。


 もはやこれは頭の良い考えかどうかも分からないのではないか?


 ある程度安全は安全だけど駐車場に潜んでいて何かが分かるだろうか?

 むしろ駐車場まで行ってしまったら『なにもこんな暗い中、学校にいる必要はないんじゃないか』とそういう考えになってしまいそうだ。『家が一番安全そうだからそのまま帰ってしまえばいいんじゃないか』、と。


 結局これは『隠れる』『逃げる』という意味になっていないか。


 どうすればいいのか分からなくなってきた。

 いったい何が起こったか、頭を整理してみる。

 自分はなんか剣のようなもので襲われた。深見さんに。

 こういうことが起こってしまったのは確かな事実だ。このことを他人に言った方がいいのか? 言わない方がいいのか?

 そもそも自分は深見さんに何をしたっていう?


 1 声を掛けた。

 2 手に触りそうになった。

 3 剣が抜け倒れ込んだとき身体のどこかに触った。


 これだけだ。これの何が問題になった? やはり「2」か「3」に違いない。『怒った』ということなんだろうか。


 だとするとこのことを深見さんに言いふらされる可能性がある。暗澹たる気分だ。そういうことなら『隠れる』『逃げる』は最悪手だ。となると行き先、行くべき先はあそこ意外にない。それが最善手だ。


 あそこ、とは『職員室』。行き先は職員室になるほかない。


 今は何らかの弁明をする必要がある。もし深見さんにそのつもりがあれば職員室にいるだろう。本当に『冗談じゃないっ』ていう気分だ。


 だがもし深見さんにそのつもりが無ければ?

 『執念深く自分をつけ狙ったりする』という考えが頭に浮かんでくる。慌てて頭の中のその思考を打ち消す。まだあの剣を持って彷徨いていたら、それじゃあまるで殺人鬼の行動だ。


 しまったことをしたかもしれない。距離をとり深見さんの様子だけでも窺い続けるべきだったのだ。あわてふためきここまで逃げずに。もう深見さんはあの場から移動してしまっている可能性が高い。とにかくこの事実を然るべき相手に伝えた方がいいような気がする。いや〝気がする〟んじゃない。『伝えるべき!』だ。


 ここで初めて気がついた。


 スクバが無い……

 逃げる途中にグラウンドに放り出したに違いない。このままでいいわけがない。あれを回収しなくちゃならない——だけど今拾いに行っていいんだろうか? 自分はおそるおそるグラウンドの方へ行こうとして。が、フイに止めた方がいいような気がした。深見さんは本当に移動したのか? もし深見さんがあの剣を持ったまま、まだグラウンドにいたら? さっき思い込んだ確信がもうぐらつき始めた。


 これはいよいよ職員室に行くしか選択肢がなくなったような。いや、『そうすべきだ!』という警告音が頭の中で鳴り響いている。

 今現在深見さんはどこにいるのか分からない。深見さんの姿はどこにも見えない。もし職員室に深見さんの姿が無ければ剣を手にしたまま彷徨い続けてるっていうことが確定する。それが分かる。


 ここでまたふと気づいた。もし深見さんが職員室にいなかった場合、その場にいる先生に何かを訊かれたら『剣で切られそうになった』と言っていいのか? それって『殺人未遂』だろ? やったのは〝深見さん〟なんだぞ。


 いや、なに恩着せがましく考えてんだ。こんなこと想っても深見さんに通じそうもないし、そもそも『剣』だとか、誰に話しても信じてもらえないだろ。だって普通『剣」なんて物はこの社会に一般的には存在してない。

 考えれば考えるほどいろいろな可能性が頭の中を交錯する。いつまで考えても切りがないほどに。


 自分のとってしまった行動に自分が後悔している。


 深見さんに声を掛けたことじゃない。それはやらなきゃやらないできっと後になって後悔するのが分かり切ってる。

 ここ(体育館)から職員室ってけっこう距離があるなあ……なんでこっちの方に走って来ちゃったんだろうという後悔。

 距離が長ければそれだけ再び深見さんに遭遇する確率が高くなる。深見さんに遭遇したくないなんて、なんなんだよこれは。

 今はもう、もう一回全力疾走する必要が出てきてしまった。職員室まで。

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