第3話【意中の女子に声を掛ける〝最大のチャンス〟到来】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
自分はその場で足を止め、その女子の様子をただ見ていた。
「うーん! うーんっ!」とわざわざ声に出している。〝グラウンドに突き刺さった棒〟がどうしても抜けないようだ。
深見さんは一生懸命だった。特徴のありすぎるどこから響いているのか分からないこの声はまさしく深見さんだ。そう、深見、たぶん『みいさ』さんというんだ!
いよいよ途方もないチャンスが来たことが確定していた。
「うーんっ! うーんっ! なんでこれ抜けないのっ」さらに無意味に(?)ひとりごとを喋っている深見さん。だが深見さんがどんなに引っ張ってもそれは抜けない。
深見さんがそれを掴んでいた両手を放した。諦めたのか? いや、両手の平を顔の方に向けて開いた。
えっ、唾?
『唾つければ抜けるかな』とでも思ったか。ペッ、ペッ、ペッ、ペッ、と深見さんは念入りに自分の手の平に唾を飛ばしていた。そして再びギュッとそれを握る。もう何度目か再々再度くらいか、なおそれを引っ張り続けている。
グラウンドレベルで見てみて分かったことがある。遠目で爪楊枝のように見えた〝グラウンドに突き刺さった棒〟は比較的近くから見てもけっこう細く見えたが、もちろん近くから見たそれが爪楊枝などではないことは一目瞭然だった。
それは『剣』だ。
えらく細い細身の直刀。反ってはいない。日本風ではない。剣以外の何者にも見えなかった。そんなものがグラウンドにまっすぐ垂直に突き刺さっていた。
自分はそこに向かって近づいていく。あるところまで来て刀身がギラっと光った。日の光の反射。その光り具合、まるで本物の金属でできているように見えた。
これはなに? よくできた演劇用の小道具?
深見さんはなにしてる? 剣を抜こうとして抜けないという演技の練習?
『深見さん』という女子がいることを知ったのは丁度今を遡ること一年前。いや、一年はまだ経ってないか、文化祭のときだから。
小学生のとき秋の発表会でクラス単位でちょっとした劇をやった。失敗はしなかったと思う。だけど劇はそれっきりだ。あれから五年以上、ずいぶん月日が流れた。小学生の劇と高校生のそれとはどの程度の差があるのか、そんなつまらない興味だった。
約一年前の文化祭、その演技は上手いのか、はたまたたいしたことがないのかよくは分からなかった。ただ大失敗することなくつつがなく流れていた。
その場に、えらく頓狂な声を出す女子がいた。手元のプログラムで確認するとその女子は同学年で『深見未惟沙さん』というのだと分かった。頓狂とはいっても奇声だとかガラガラ声だとかそういう声ではない。なんというか、すごく癖のある可愛らしい声だ。声で女子に惹きつけられるなどということが起こるとは驚いた。だって『声』だぜ。だけど惹きつけられているんだからどうしようもない。
深見さんの場合、10のうち6.5くらいは声だ。
もちろんその後、深見さんのことが気になって気になって仕方なくなってくる。そして隣の隣のクラスである深見さんのクラス前へと続く学校の廊下を定期的に往復し続けるという行動の結果、何度かすれ違うことができた。行為の目的はただ一つ、『顔を近くで確認したい』。
ひと言で深見さんの顔を表現するならそれは『丸』だ。輪郭も丸。目も丸。実際人間の顔がまん丸であるはずも、目もまん丸であるはずもないけれど、丸いというイメージで間違いない。そして、身体の方は丸くはない。太っているという意味で丸くない。
悪くない——いや良い、と思ってしまった。
その深見さんと自分がグラウンド上でふたりきり。
これは千載一遇の好機なんだ! もちろん『声を掛けてみる』という意味しかない。廊下ですれ違いざまに知らない女子を呼び止め声を掛けるなどという芸当をするのは不可能だ。いや、これができる人間もいるのだろうが、自分には無理だ。
だが、今ならできる。あとほんの少しの勇気で。ただでさえいっつも同じ女子と一緒にいる深見さんだ。まあ友だちなんだろう。やけに端正な顔をした女子。たぶん今さっきいたのもその女子だ。だがその女子も今はいない。
今この機会を逃せば二度と再びこのような機会は訪れないだろうという妙な確信がある。
一歩一歩歩を進めていく。グラウンド上の『爪楊枝』のところへ。そう、会話の自然なとっかかりは既に用意されている。深見さんが引っ張ってる謎の物体だ。それに乗るだけでいい。これは運が良い。後は勇気。
訊くべきは———訊くべきは———勇気を出せ‼
「なにをしてるの?」
自分にとってとてつもなく重いひと言が自分の口から出てしまった。遂にやってしまった。この行動に自分でも正直驚いている。
「あぁ、これがね、ぜんぜん抜けないんだよね」
深見さんのあの声だ‼ 返してくれた。ことばを。
「それ、なに?」
あとはもうなりゆき、流れるまま。計算など通じないし、できないし、だいいち無い。
「分からない」
「え?」
「分からないけど文化祭で使えるかな〜って思って」
「それ『剣』だよね。どう見ても。どう使うの?」
「あ、わたし演劇部だから、それで小道具として使えないかな〜って」
「そうなんだ」
うん、もちろん演劇部だって知ってる! けどコレ、演劇部の小道具じゃなかったのか?
「そだっ、観に来てね、わたし主役でもなんでもないけど」
まじっ⁉ 「うんっ」って反射的に言ってた。これぜんぜん会話成り立ってるっ!
「ところでそれ、さっきから引っ張ってるけど抜けそうもないよね」
「いったい、何メートル地下に埋まっているのかな」
確かに深見さんの言うとおり剣の柄の部分がえらく長いように見える。それにどんなに斜め方向に引っ張ってもびくともしないのなら剣自体の長さも相当なものだろう。そんな気がする。
「なら、真っ直ぐ上に引っ張らないと抜けないんじゃないかな」自分は言った。
深見さんは女子としては背丈は並、長身というわけではないから斜めにしか剣を引っ張れない。自分の方がまだ身長がある。
「ちょっとどいて」と言うのとほぼ同時にまだ十分にスペースを余している剣の柄に自分は両手をかけようとしていた。ごく自然に身体が動いた。この自分の中のどこにそんな度胸があったものか。必然的に深見さんの手が触れてしまうくらい近くに自分の手を近づけしかも深見さんに寄り添うような立ち位置に立ったことになる。
その瞬間だ。剣が突如地面から引っこ抜けた!
女子が一人で引っ張っていた時は抜けなかったものが自分が手をかけた瞬間に抜けたような気が。どれほど力を出したというのか。
変だ! なにひとつ力などかけてない。そんな自覚など無い。だいいちそれほど腕力など強くない。ただ柄を握っただけなのに!
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