Chapter12 The end of the world【世界の終わり】
12-1 International terminal【国際線】
ゴールデンウィークにジェシーと愛と旅行に行ってからは、特に遠出をするということはなかったが、僕らは忙しい学校生活を満喫して、たまには近場の観光地に出かけることもあった。
充実している時間はあっという間に過ぎて、また夏休みがやって来た。
それは、ジェシーが日本に来て一年が過ぎたということでもあり、ホームステイも終わり、アメリカに帰る時が来たということも意味する。
夏休みが始まって三日で、その日はやって来た。
あらかたの荷物は既にアメリカに送ってしまっていたが、それでもジェシーの荷物は来た時と同じ特大のトランクが残っていた為、運ぶのは大変だろうと奮発してタクシーを用意した。
ジェシーと愛は家で別れを済ませた。
愛にとってもジェシーが家族であったのは間違いないが、僕にとっては、ジェシーは家族であり、それ以上の存在でもあった。ホームステイであるジェシーは、家を出た瞬間には家族ではなくなる。だから、愛には無理を言って最後は僕だけで送ることにさせてもらった。
タクシーは、行先を告げると、目的地の空港へと進んでいく。最も値の張る移動手段として、ある程度の距離であれば最速で、しかもドアからドアまで運んでくれる便利なタクシーではあるが、今はその利便性がなんとも恨めしい。
こんなことなら、僕がジェシーのトランクを担いででも鈍行列車で行くべきだった。この一年、ジェシーに振り回されることで僕も少しは力がついたのだ。あの頃は重すぎて持ち上げることすらできなかったトランクだが、今ならそれくらいのことはできる。
そんなことを考えてもタクシーの走るスピードは変わらず、空港への案内板が見えてくる。
← Domestic terminal International terminal →
ははっ、と心の中で乾いた笑いが出てくる。
'Domestic'という単語は'Domestic violence'『家庭内暴力』という日本語にもなっている単語で『家庭内の』という意味があることは知っていたが、『国内の』的な意味があることは初めて知った。
こんな風に単語というのは、その日本語の意味を知らなくてもたった一度強烈な文脈の中で出会うだけで、一生忘れられない記憶となってこびりついてしまうことがある。僕は基本的には単語に触れる回数を増やし、何度も忘れることで英単語や英語表現を覚えたわけだが、ジェシーとのこの一年の中では、こういう特殊な単語の覚え方をすることも何度もあった。
何がDomestic terminalだ。それなら左に曲がってジェシーに対してDomestic violenceだろうがなんだろうがやってやる。そうすれば、すぐにはジェシーもアメリカには帰れなくなるだろう。頭の中がぐちゃぐちゃになりバカみたいな妄想をしてしまうが、それを実現するような行動力もなく、タクシーも当然右に曲がった。
結局、道中特に問題も無く、空港に予定通りに着いてしまった。
「フライトまでは、まだ二時間近くありますね」
ジェシーはまだ余裕があるみたいに言うが、僕にはもう二時間しかないとしか思えない。
「そうだね……」
「時間が来るまで、おみやげとか見てもいいですか?」
「うん、もちろん。付き合うよ」
日本に来て一年が経っても、ジェシーにとって、日本はまだ面白いものがいっぱいある宝庫らしく、いろいろな物を手に取っては、次々と購入していった。
話したいことは山ほどあるはずなのだが、何を話せばいいのかは分からず、僕はジェシーの言葉に相槌をうんうん打つだけになってしまう。元々、女の子との買い物の最中にそこまで気の利いた言葉がかけられる質ではないが、今日の僕はとくにひどかった。
買い物も終わってしまうと、最後に夏らしく、二人でかき氷を食べた。
ジェシーはいつものように、うまい、うまいと言いながらかき氷を食べたが、僕にはその味は全く分からない。でも、頭はずっとずきずきと痛かった。
「じゃあ、そろそろ行かないと……」
僕は、その時を少しでも先延ばしにしたいと、勢いよくかき氷を食べるジェシーに対して、のろのろと食べた。かき氷が残っている間はジェシーも席を立ちにくいだろうと、我ながら意地の悪いやり方をすると思うが、そんな状況に構っている場合でもなかった。
しかし、かき氷はいつの間にか消えてなくなっていた。だから、ジェシーは当然のように声をかけてくる。なんで、食べてもいないのにかき氷は無くなっているんだよ……。
「うん、そうだね……」
かき氷が無くなってしまった以上、それを拒む理由もなく、僕とジェシーは搭乗口へと向かう。
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