10-4 Sakuras in half bloom【半開の桜】
ファミレスを出た後、ジェシーと二人で落ち合い、近くの河川敷を歩く。
季節は春真っ盛りで、河川敷に沿うように、桜並木がピンクの花を咲かせていた。
満開の桜並木の下で、金髪のポニーテールを一歩ごとに揺らす美少女の隣を、のんびりと歩くのはなんと贅沢なことだろう。
結果如何によっては、ジェシーの隣にいるのが翔だったかもしれないと考えると、改めてジェシーと並んで歩けるのを嬉しく思う。
万が一、翔がジェシーに告白していたとしても、それをジェシーがすんなりと受けたとは思えないが、心配な気持ちはあったし、その前にきっちりと点数で勝ててよかった。
「それで、点数はどうだったんですか?」
僕に英語を教えてくれたジェシーは、僕のTOEGGの出来を僕と同じくらいに気にかけていたから、興味津々という風に僕の瞳を覗き込んでくる。
今日のジェシーは珍しくメガネを掛けている。
メガネのせいかその碧眼がいつも以上に澄んで大きく見える。その瞳を見つめ返すと、内面の深くまで見通されているかのような錯覚に陥る。
「830点だったよ」
僕は素直に点数を答えた。
「860点は超えれなかったんですね……。でも、800点を超えれたんだったらよかったんじゃないですか」
翔との勝負に勝つという目標は達成した。しかし、ジェシーとは、実は別の目標を立てていた。
ジェシーには翔との賭けのことを言うわけにはいかなかったから、そういう話になったときに別の目標を立てざるを得なかったのだ。
それが860点だったのだが、残念ながらこの点数には届かなかった。それでも、ジェシーは僕の点数をちゃんと褒めてくれる。
「いやいや、まだまだだよ。ジェシーなら満点がとれるだろうから、それと比べたらほんとに全然」
満点クラスのジェシーと深いコミュニケーションをとりたいと思ったら、僕自身にもそれが要求されるだろう。そう考えたら、860点ですらそれで十分ではないのだ。
「まあ、それはそうですけど……。オレだって、学校の国語の試験では大した点数はとれませんよ」
「あれは、ノンネイティブが解くような問題じゃないんだから当たり前だよ」
「でも、オレももっと日本語ができるようになりたいです」
最近では、僕が加減をしなくても、ジェシーはほとんどの日本語の意味をわかってくれる。そういう意味で、学校の国語の点数が悪くても問題ない。大体、日本人でも国語の点数が悪い人もいるのだから……、僕みたいに。まあ、さすがにジェシーには勝つのだけど。
自分がある英語という第二言語をある程度使えるようになったことで、日本語という第二言語をここまで流暢に扱えるジェシーの存在がより大きく見える。
身長は僕より頭一つ以上小さいけどね……。その存在の大きさを確認するように、ジェシーの方を見下ろすと、その体の大きさには不釣り合いのおっぱいの谷間が覗く。いや、春になってジェシーの服が薄くなり始めていたし、角度的にごく自然にそう見えてしまうのだからしょうがない。
桜に囲まれて、のんびりと歩くジェシーはホントに楽しそうだ。
色盲のジェシーは、色をきれいに見たい時だけ、色が見えるようになるメガネをかける。今日のジェシーは、桜の綺麗なピンクを見る為にメガネを掛けているのだろう。もしかして、これが桜をじっくり見る初めての機会なのだろうか?
'Is it the first time to see... Sakura?'
桜に当たる英語を思いつかず、僕はその部分は日本語のままに聞いてみる。意外とこういう単語は日本語のままで英語としても使えることがある。というか……、ジェシーは日本語の語彙も相当にあるから、こういう言葉は日本語のままでも通じてしまう。
'Yes, it's very beautiful!'
日本人である僕も桜が美しいと思うのだから、日本ヲタクであるジェシーが同じように思うのは当然のことで、ジェシーは相当感動しているに違いない。
'How do you say Sakura in English?'
'Cherry blossom, but I like Sakura. It sounds good.'
ジェシーにそう言われて、桜を英語でなんと言うのかを思い出す。'Cherry blossom'が全く初耳というわけではなかったが、とっさには思いつかなかったのだ。
しかし、仮にその英単語が思いつかないでも、実践の会話ではそれに類推する表現ができて相手に伝わればいい。それか、相手にその言葉を出してもらえるだけのヒントが与えられればいいのだ。そういう機会は日本語でもたまにある。
それに、ジェシーは英語で言うよりも桜という表現のほうがお気に入りだそうだ。
でも、桜くらいの英単語がとっさに出てこない僕の英語力はやっぱり足りない。ジェシーの英語力が満開の桜だとすれば、僕の英語力なんて半開程度のものだろう。
ジェシーがメガネを通してカラフルな世界を見るのと似たようなもので、僕が英語の世界を見ようとしてもメガネを通して見なければいけないような名状しがたい隔たりはまだある。
それでも、こうしてジェシーとおしゃべりしながら、お花見をできるのはとても楽しかった。
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