10-2 TOEGG
冬休みが明けてから年度末までは、もともと短いものが、ジェシーも一緒になって英語を勉強したことで、より一層早く過ぎていき、いよいよTOEGGの試験本番の日が来た。
試験会場はとある大学であったが、試験は昼からだったので、その前に近くのラーメン屋で腹ごしらえをする。
テーブル席の向かいにはジェシーも座ってラーメンを待つ。ジェシーはTOEGGを受けないから気楽なもので、このラーメン屋も試験会場を知ったジェシーが事前に調べたものだ。この半年の間に、ジェシーはすっかりラーメンオタクと化していた。
「そんなに難しい試験じゃないから、ジョージなら大丈夫ですよ」
「確かにジェシーなら簡単かもしれないけどね……。僕にとっては難しいんだよ」
緊張している僕の心を見透かしたようにかけられたジェシーの言葉ではあるが、いくら勉強したとはいえ僕にとってTOEGGは簡単な試験ではない。
実は、物は試しにとジェシーにもTOEGGの模擬試験をやらせてみた。
結果は正答率99パーセント。
しかも、これがめんどくさい、めんどくさい言いながら取ってしまったものだから、真面目にやれば百パーセントも余裕でとれただろうと思う。ネイティブスピーカーであるジェシーにとってはTOEGGは当たり前のことしか問われない簡単な試験だ。
'Master Jessie has taught you English and promise you good score.'
'Thank you very much for teaching me... Master Jessie. I'll do my best.'
普段マスターと呼ばれると嫌がるジェシーが、自らをマスターと呼ぶのは珍しいことで僕は思わず笑いそうになってしまう。今まで英語を教えてくれたジェシーが、高得点をとれることを約束してくれており、咄嗟の英語にも自然と反応できるのだから、もっと自信をもってやろうと思えてきた。
「不安になるのはお腹が空いているからです。ほら、ラーメンが来ましたよ」
ジェシーが、生粋の日本人のように熱いラーメンを伸びないうちに食べようと、勢いよく箸を動かすのを見て、僕もラーメンを食べ始める。
ジェシーのチョイスしたラーメンは、熱さと旨さで僕の緊張感を解き、程良い分量で、試験前の満腹は嫌だが小腹を満たしておきたいという需要を完璧に満たしてくれた。
僕はスープは残したが、ジェシーは最後の一滴まで丁寧に飲み干した。
ラーメン屋を出て、少し歩き、試験会場に先に来ていた翔と合流する。
「よう、なにをよろしくやっているんだよ……?」
今日の対戦相手であるのだから、翔の挨拶が挑発的なのは当たり前のことなのだろうか。
「こんにちは、ショウ君」
ジェシーは、そんな翔に対してもいつも通りに丁寧なあいさつをする。
「あっ、うん、こんにちは」
自らがファンクラブの会長になるほどの相手であり、しかも今日の勝負の賭けの対象であるのだから、翔のジェシーに対する態度はかしこまっていて、どこかよそよそしい。
ジェシーにはこれが僕と翔の間でのジェシーを賭けた勝負であることは言っていない。
でも、その時を見届けてほしかったから、今日もわざわざこの場に来てもらった。
そのジェシーを挟んで、僕と翔は目線で火花を散らし合う。
「ショウ君は自信あるの?」
「もちろん」
「そっか、ジョージも負けられないね」
「ああ、もちろん」
翔が強敵であるのは事実だが、3ヶ月前の模擬試験でも僕は肉薄できたわけで、勝てる自信はある。しかも、目の前で微笑む金髪美少女が賭かっているのだから尚更負けるわけにはいかない。
この勝負が勝ったら、僕はジェシーに――。
いや、この先は負けフラグになりそうだからやめておこう。この勝負はまず翔の告白を阻止できればそれでいいんだ。僕はジェシーと家族なのだから、その先はいくらでも時間はある。
「二人ともがんばってね」
何も知らないジェシーは、ぐっと両手でガッツポーズを作って僕達を送り出す。
「じゃあ、いくぞ」
「ああ」
翔の気合いに、僕も同調し、同じ教室に入っていく。
試験に申し込んだのがほぼ同じ時だったからか、席も近くであった。でも集中している僕らにはそんなことは関係ない。試験が始まれば二時間ノンストップだから、気にしている余裕もない。
説明が終わって、リスニングの問題が始まる。
リスニングの序盤の問題は、写真の状況問題や短文の応答問題など、わりと日常的にありえそうな表現が多いため、ジェシーとの会話をいろいろと思い出しながら解いていく。
リスニングの後半の問題は、ちょっと長めの音声を聞いていくつかの質問に答える形式だ。しかも、その音声が一回しか流れないから、テキストに書かれている質問文を放送の前に読んでおいて、何が問われそうかをある程度把握しておくのが一つのコツだ。少し聞き逃してしまっても、そこはもう諦めて、大量の失点を避けるようにしたい。
リスニングが終わると、間髪置かずにリーディングの問題だ。
リスニングでは、音声に合わせて問題を解くしかないから、できるだけ早く解いて次に備えれたほうがいいが、間に合わないという心配はほとんどする必要がない。
一方、リーディングでは、全ての問題を自分のペースで解かないといけないから時間の心配をする必要がある。
文法の問題は、今ある知識で解けないものはどう頑張っても解きようがないので、解ける問題を確実に解きつつ、最初に予定していた時間内で解き終わるようにする。
残った時間をフルに使って、読解問題を解いていく。試験中に声を出すことは出来ないが、黙読で文章を読んで内容をつかんでいく。ある程度、内容を理解したら精読している余裕はないため、問題で問われているところを的確に把握しながらテキパキと解答していくことに努める。
集中していたら、2時間という時間はあっという間で、最後2問ほど解き終わらなかったので、ただマークをするだけの塗り絵になってしまった。
試験が終わったら、翔共々精根尽き果てて、そのまま帰宅する。
結果が出るのは約1か月後だ。
半年前にやったらただの塗り絵になったであろうTOEGGの試験だったが、今の僕はかなりのレベルで自信をもってかなりの問題を解くことが出来た。
どれだけ正解できたかは神のみぞ知るだが……。
最初に予定していた半年を過ぎて、僕は英語を使う「卵」くらいにはなれたのだろうか?
それはジェシーが帰る夏までの残された時間の中で、どこまでジェシーのことを知れるかにかかっているだろう。
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