7-5 Don't hesitate to make mistakes【間違いを恐れない】

 その次の英語の授業の時間、僕は翔の言っていたことを試してみようと、授業のことはそっちのけで単語帳のみを見ていることにした。ただスピードだけを考慮して、覚えることではなく忘れることだけを目的として単語帳を回すと、驚くほど作業に没頭できた。


 おおよそ二千の英単語が収録された学校指定の英単語帳 は、今までは無限に等しい量があるものだと思っていたが、翔の新しいやり方でやってみると、授業一コマの短い時間でも済ませられるくらいのあまりにあっけないものであった。ただし、最初からわかっていた通りに、忘れることを目的としていたから一単語も自信を持って覚えている単語はない。


 それでも、この作業には音読と同じく、頭をいい感じに疲れさせるような奇妙な満足感があった。

 

 二日後、次の英単語の小テストが行われたときも、僕はいつもと同じようにジェシーと答案を交換して、採点しあう。


「譲二、どうしたんですか? 点数が低すぎますよ? これじゃあ、張り合いがないですね」


「僕のことはいいんだよ、それより、ジェシーだってこの漢字間違えているよ?」


 僕は、今回いつものようにテスト前に詰め込むような勉強はしなかった。


 結果は、三点。


 無事に、僕史上最低点を更新である。


 普段、真面目にとは言わないまでも少しは勉強していた僕は、このような悲惨な点数だけは取ったことはなかった。


 でも、これが僕の今の本当の実力である。


 くしくも、翔の言っていた僕は二点 しか取れないというのは、割りと当たっていた。


 それでも、成果はある。


 翔の予想を一点だけ越える三点目がそれだ。


 流し読みで読んだだけだが、特に引っかかっていた単語の一つは、忘れながらもきっちり覚えていたのである。


 ジェシーはいつものように、漢字の間違いが少しある八点であったが、これは翔のいう満点が取れないながらも取れる最高レベルの得点だと思うと、今まで以上にすごく感じた。


*  *  *


 一週間後、この一週間の間にろくに単語を覚えることはなかったが、万単位の単語は忘れてきた。


「譲二は何点だった?」


 その僕の成果を知ってか知らずか、単語テストの後に、翔が話しかけてきた。


「五点 。やっと、お前に追いついたな」


「残念、俺は六点」


 一週間前の翔の点数には追いついたと思っていたが、翔はその間に一点伸ばしていたようだ。


「そんなのは誤差だろうが!」


「一点は、一点さ」


「お前、付け焼刃で何単語か無理矢理覚えたんじゃないだろうな? いくらなんでもこの数日で点数上がり過ぎじゃね?」


 僕は翔の一点分の伸びに驚いたが、翔にとってはそれ以上に僕の伸びが気に掛かるらしい。


「だって、この一週間で単語帳を十周はしたからね」


 実際のところ、単語帳を何周したのかは覚えていないが、最低でも十周はして、同じ単語を何度も何度も忘れることで徐々に成果ができたのだ。単語を見たうえで、はっきり意味が分からなくてもなんとなく意味がわかるという機会が増えてきた。


「それにしてもだよ。俺だってこの一カ月で二十周くらいはしているのに、譲二のスピードは異常だろう」


「僕自身、驚くくらいに熱中しているからね。でも、これも翔のおかげだよ。目の前に映る光景を見て、それが覚えたなんて言える日本語はほとんどない。机、椅子、黒板、シャーペン、空、暑い、学校、どれも意識的に覚えようとしたわけなじゃくていつの間にか覚えていたさ。それと同じようなことが英語でもできるんだから、単語力も爆発的に増えるってものさ」


「そいつはどうも」


 翔のおかげと言ったことで、翔はなんだか照れくさそうだ。


「目の前に見える光景の中に思いつく日本語はいっぱいあるけど、その中で意識的に覚えた単語は一つもない。日本語なら、一日で数千、数万単位の単語に当たり前に触れているのだから、英語でもそれと近いことをやればいいんだよ。そして、日本語でもその一単語それぞれについて深く考えることはほとんどないのだから、英語でもそれほど深く考える必要はない」


 英単語については、日本語と同じように自然に考えればよかったのに、今まで随分と遠回りをしていたものだと思う。


「翔の名前とかは、変につっかかってくるから、無理矢理覚えさせられたような気がするけどな」


 そんな単語の中には強烈な印象を持って、ほぼ一度の機会をもって覚えられる単語もあるが、それはかなりの例外なのだ。ほとんどの単語は、何度も何度も触れ合って忘れる中で、ごく自然に覚えられている。


「おい」


「だって、僕、翔の名前を覚えた理由が説明できるよ。机とかはなんで覚えたのか分からないけどね」


「単語を覚えるのって、日本語と英語の対訳を頭にこびりつかせるんじゃなくて、その単語一つ一つとフレンドリーになることなんだよ。それって、一見遠回りに見えるけど、実は僕達が昔からやって来たことで、一番自然な近道だったんだと気づいたんだ」


「なるほどね。覚えるのが早いわけだ……」


「これなら、僕、翔にも負けないかもね」


「黙れ、五点」


「はいはい、六点」


 見かけ上の点数は、以前のテスト対策をしていた時に比べて下がってしまったが、そのボキャブラリーは間違いなく増えていることは実感できた。


 同時に、ジェシーの語彙力がすごいことも実感できた。


 ジェシーは毎回の単語テストで、七点以下の点を取ることはなかったが、ジェシーがミニテスト前に特別、真剣に漢字を勉強しているところは見たことがなかった。これは今の僕の五点と同様に、ジェシーの点もごく自然なものだということだ。ジェシーが本気で満点をとろうと感じを勉強したら、苦も無く満点を取っていただろう。


 そして、僕が単語や英語で目指すものもそういう自然さなのだと気づいた。

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