6-6 Passion【情熱】

 マンガ研究部の部室には、都合よく四人がかけられるテーブルがあり、僕らはそこに座る。狭い室内ではあったが、周りの壁には所狭しと本棚が並べられており、床から天井まで本でいっぱいであった。


 ジェシーの部屋にもマンガはいっぱいあるが、この部屋にはそれの五倍以上は本があり、ジェシーは辺りを見渡してそわそわしている。


「それで、あなたはどうしてマンガ研究部に入りたいの?」


 舞弥は早速、ジェシーに本題を切り出す。


「マンガが好きだからです。そして、もっとマンガの世界を見たいと思うからです」


 ジェシーは、僕と初めて会った時と同じように、それを誇らしく言う。その目の輝きを見れば、その熱意は舞弥にも伝わったことだろう。


「それだけ?」


 舞弥はそれだけでは納得がいかないらしい。


「それだけとは……、他に何か必要ですか?」


 ジェシーは、それ以上に何かが要求されているとは思っていなかったのだろう。


「ジェシーはいろんな部活の勧誘がある中を断って、ココに来たんだけど入っちゃダメな理由でもあるの?」


 せっかく、僕もついてきたのだから、ジェシーのことをアシストしようとする。


 運動部ならそのほとんどが、積極的にジェシーのことを誘ってくれたわけだが、文化部は運動部ほどにはジェシーを熱心に勧誘していなかった。運動部に比べて文化部のほうがコミュニケーションが重要になるから、そういう面で舞弥にも抵抗があるのかもしれない。


「マンガばっかりじゃダメ。確かにマンガは面白いかもしれないけど、それは一つの創作の形にすぎないでしょう」


「マンガ研究部なのに、マンガだけじゃダメってどういうこと?」


 翔が当然の疑問をいい、僕も同意して、首を傾げる。


「確かに、ここにはマンガだけじゃなくて小説とかもいろいろありますね」


 ジェシーは本棚から一冊の小説を手に取った。ここの本棚の九割くらいはマンガだったが、残りの一割くらいは小説とかいろいろな本があった。


「あなたは、マンガだけじゃなくて小説も読むの?」


「読みますよ。これとかは私も大好きな小説です。しかも、これは英語版ですね」


「へえ、あなたもその小説が好きなんだ」


「まさか、舞弥さんは、それを英語で読んだの?」


 舞弥がその小説を見て、ジェシーと同じ目の輝きを見せる。


「そうよ、だって面白かったんだもん」


 見た目は正反対のジェシーと舞弥だが、舞弥は日本版のジェシーとでもいうべきバイタリティの持ち主のようだ。


「いいわ、じゃあよければうちの部活に入ってくれる?」


 舞弥はマンガに限らず、そういう熱意が見たかったのだろうか?


「はい、喜んで! よろしくおねがいします!」


 ジェシーは、笑顔で舞弥に深々と頭を下げた。


「そうだ、貴方達もせっかくだから部活に入りなさいよ」


 ジェシーのことはなにやら試すような感じであった舞弥だが、僕達はずいぶん軽い感じで誘われた。


「え? なんで?」


 僕達がそういう熱意がないことはわかりそうなもので、何で僕まで舞弥に誘われるのか分からない。


「うちの部活って、見ての通り、私一人だから廃部の危険すらあるの。もし、あなたたちが一度に入ってくれれば私も助かるし、貴方たちもジェシーちゃんのことも面倒が見れるでしょう?」


 そういう打算的な事情があったのかと、舞弥の営業トークを聞いて、なんだか同情してしまう。


「いや、でも、僕達はそこまでマンガが好きなわけじゃないし……」


 ジェシーもそうだが、舞弥も相当なマンガ好きみたいだし、僕なんかでは部の雰囲気を乱してしまうんじゃないかなと躊躇する。


「そうだな、入ってもいいならいいかな?」


 しかし、翔はなぜだかあっさりとそれを承諾してしまう。翔も別に漫画が特に好きというわけじゃないのだが、なにかよほど気になることがあるのだろうか?


「はい、どうもありがとう。じゃあ、あなたはどうする指名手配さん?」


「じゃあ、気が向いたときに来るくらいでいいなら、入ってみようかな……」


 翔が入るのなら、僕も一緒に付き合えるかもしれないし、ジェシーの様子も気になるしで、入ろうという気にもなる。


「ぜんぜん、それで結構よ。じゃあ、これからよろしくね」 


 ジェシーを紹介するときにはこんなことになるとは思っていなかったが、舞弥は快く僕を受け入れてくれて、僕達三人は今日からマンガ研究部員となった。


*  *  *


「あのさ、僕も英語を習得したいと思っているんだけど、その為には何が重要なのかな?」


 帰る間際、僕は舞弥に尋ねる。


 僕の身近なところでは、英語を留学等せずに日本にいながら自力で出来るようになった人というのを知らなかったが、舞弥はそれが出来た人らしいので、どういう答えが出るのか興味があった。


「愛だね。ある作品に対する愛、もしくは文化に対する愛、あるいは人に対する愛。愛という情熱が一定以上にあるなら、どんな経緯を辿ろうとも言語を習得するのなんて容易なものさ」


「そんなに簡単なものかな?」


「最初は、ほとんどの人が母親の愛を知りたくて、ママっていう言葉を覚えるんだよ。それで幼児の内に日本語だろうが、英語だろうが、そこそこ使えるようになるさ。幼児で数学ができるやつなんてめったにいないけど、言語は誰でもできる。それくらい簡単なんだよ」


 僕が聞きたかったのはそういう感情論的な話しではなくて、勉強法とか教材とかの話のつもりだったのだけど、マイヤの話には不思議な説得力があって僕は妙に納得してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る