5-2 English pazzle【英語パズル】

「ただ回数をこなすだけじゃなくて、ちゃんと身についたものもあったみたいだな」


 翔は皮肉のようにいうが、ある程度は身につくものがないと、素早く進めるというのも難しい。そういう難易度的な意味でもあの参考書はぴったりだった。


「それで、翔はやってみてどう思ったんだよ」


 翔も一周はやったということだし、どういう印象を持ったのかが気になる。


「俺も同じような認識かな。譲二は英語を単語に区切ることってできる?」


「当たり前だろ」


 いくら英語が苦手とはいえ、それくらいは誰だってできる。スペースで区切られているそれら一つ一つが英単語であるのだから、こんなに簡単なことはない。


「じゃあさ、日本語をちゃんと単語に分けることってできる?」


「それは……、どうだろう……」


 英語についてはおそろしく簡単に思えたものが、母国語である日本語では自信を持ってイエスということができない。日本語の文章は単語ごとにスペースがあるわけではないし、なんとなく区切ることはできるが、それを正確に分けられる自信がない。


 でも、そう言われると英語も実は単語に分けるのは難しいのかもしれない。書いてある英文を見れば単語の区切りはスペースによって一目瞭然であるが、会話の最中では単語ごとにスペースなんて区切りはなく、今の僕ではそれを明確に区別できない。


「俺も、日本語では単語に区切るのってちょっと苦労すると思うんだよね。そういう意味では英語は明らかに一つ一つの単語が分かるから親切なものだよ」


「うん。まあ、でも、それくらいは僕だってわかるよ」


 改めて翔に言われて再認識したところはあるが、英語を単語に分けるのが簡単なんてことは誰だってわかる。


「そのルールが簡単に分かるのってすごいアドバンテージだと思うんだよ。単語がどれかってわかれば、あとはその並び方の法則がわかれば英語は理解できる。英語ってパズルみたいなものなんだよ。その並び方にもそこまで複雑な組み合わせはないから、その並び方も理解してしまえば、あとはパズルを組むみたいに流れの中でやることができる」


「なんだよ。やった回数が少なくてもしっかりと翔のほうが理解できてるじゃん」


 僕が英語をぼんやりとした絵みたいなものだと思ったのに対して、翔はパズルのようなものだと表現した。文字通りに僕のイメージがぼやけているのに比べて、翔のイメージはそこそこはっきりしているように思える。


「まあ、一応俺のほうが、元から壌二よりできるわけだしね」


「それもそうか」


 僕もこの三日間、めちゃくちゃ英語の勉強をしたとはいえ、その分量はこの数年間の翔の分量には到底及ばないだろう。それを考えれば、この認識の差にも納得できる。


「それに、俺は一冊目の文法の参考書は一周しかやってないけど、英文解釈の本も先取りしてちょっとだけやってみたんだ」


「どうりで僕より理解が進んでいるわけだ。僕も今日から英文解釈のほうもやってみるか」


 その事実を聞けば、翔の理解が進んでいることにさらに納得できる。


「でも、やっぱり、あの本は翔には簡単すぎたんじゃないの?」


 僕自身でもわりと簡単に理解できたことや、翔の現状の英語力を考えて改めて聞いてみる。


「そんなことないよ。ちゃんと身につくものはあったし、譲二の話を聞いてもうちょっと復習しないといけないなあと思ったよ」


「なに、翔は僕のぼんやりと見えた全体像がいいと思ったの?」


 僕からすれば翔の英語観のほうがくっきりとしたものであり、翔が僕の話から何を得たのか全く分からない。


「うん、そういう感覚も必要だと思ったね……。ガチガチにやるよりも、柔軟性のある理解っていうのは英語では必要だなとは思っていたから、譲二の感覚も参考になったよ」


 こういう風にストレートに翔に褒められるのは珍しくてなんだか照れくさく感じる。


「そうか……。あとは単語とかをなんとかしないといけないよな」


 まだ復習はしないといけないが、とりあえず一冊目の参考書を仕上げたところで、一番問題になりそうな単語については特にアプローチを決めていないのが気になってしまう。


「単語よりも、まずは英語の全体像を捉えることだと思うぞ」


 翔は単語についてはまだそんなに気にしていないようだ。


「そうかもしれないけど、やっぱり気になっちゃうからさ」


「俺は後回しでいいと思うけどね。一応、参考書に出てきた文章の中に出てきた単語は覚えているようにしているけどね……」


 それは、僕も意識していることではあったが、それだけでは半年後には英語ができるようになることを考えると不十分に思えた。


「僕はそれだけじゃ足りないと思うよ。とりあえず、単語帳を一日十個ずつ学校の範囲以外で覚えることにしようかな」


「まあ、やってみるといいんじゃないか」


 ちょうど昼休みが終わる十分前くらいになったところで、僕らは英語談議をやめて教室に戻った。不思議なことに学校で英語についてこんなに熱心に話すのは初めてのことであったが、そこに入り込むと時間が経つのは早いものだと思った。

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