4-2 The necessity of English【英語の必要性】

 その後、一時間程本屋で時間を潰した挙句、ろくな結論も出ず、僕等は近くのファミレスに入った。


「英語をやろうと決意したはいいが、改めて真面目に考えると大変だな……」


 僕は、適当にドリンクバーからジュースを取ってきて、疲労困憊しながら席についた。


「そうだな」


 翔も随分疲れた様子である。


「とりあえず、現状を整理しよう」


 コップ半分のジュースを一気に飲み干して、僕は切り出す。


「まず、僕達は半年後までに英語をできるようになっていなければいけない」


 そう決めたときは意気揚々としたものがあったが、こうして現実を見てみると、改めてその困難さを思い知らされる。


「そうだな……、でも、英語は本当に必要なのか?」


 その決意は翔も体育の時間に固めていたはずなのに、まさか、その必要性から疑問符を投げかけられるとは思っていなかった。


「どういう意味だよ?」


 翔の真意を図りかねた僕は聞き返す。


「だって、ジェシーちゃんは日本語をしゃべれるじゃん」


 翔から言われた疑問は当然のものだと、昨日ジェシーと会うまでの僕だったら思っただろう。


「しゃべれるって言っても、しゃべれるだけだよ」


「どういう意味だよ?」


 今度は翔が僕に聞き返してくる。


「ジェシーは日本語をしゃべることはできるけど、それで意思疎通が一応はできるってだけで、深いところまでしゃべれるってわけじゃないんだ。言葉として説明するのは難しいんだけど、日本語だけでは、ジェシーの深い部分まで理解しようとするのは難しいと思う」


 翔はまだジェシーと直接話したりはしていないのだから、ジェシーのことについて僕のほうが遥かに分かっている。ジェシーの日本語力はある一部のとがった語彙力に関しては日本人より優れているかもしれないが、総合的に見れば日本人のしゃべる日本語には全く及ばない。


 ジェシーの英語を僕は聞き取れたわけじゃないが、英語のほうが言いたいことをより細かく言えるのだろうということははっきり分かる。


「まあ、言おうとすることはわかるよ。どうしたって、日本語と英語には違うニュアンスがあるし、ジェシーちゃんもそんなに深くは日本語ができないってことだろ?」


「そういうことだな。話が進みやすくて助かるよ」


「それだけ、説明してくれればな。でも、それは俺達だって同じじゃないか? 英語がどれだけできるようになったって深いところまではできないんじゃね?」


「そうかもしれないな……」


 それに関しては僕もどこまでのものになるのかはわからない。


「その内に完璧な翻訳機とかもできるかもしれないしな……、やっぱり意味ないかもな」


 翻訳機……。今の僕達が無理矢理外国語を理解しようとする時に用いるものだ。最近のAIの技術は目覚ましいものがあるし、翻訳機もそのうちにもっとよいものができるのかもしれない。


「いくら翻訳機ができるとしても一年以内にはできないよ。それに……、もしできたとしても、翻訳機を通しての会話では英語を話す人と友達になることはできないよ」


 翻訳機のできた未来を想像してみるが、ジェシーと翻訳機を通じてなんのシコリもないコミュニケーションをしている場面というのは、僕には想像できなかった。


「友達ねえ……」


 翔は、なにやら意味ありげに視線を送ってくる。


「な、なんだよ?」


「家族じゃなかったのか?」


 翔はさらにニヤニヤと笑う。


「どっちでも同じだよ。とにかく、英語はすることにして、何から始めればいいんだろうなあ」


 友達もそうだが、家族だというなら、なおさら同じ言語をしゃべれないといけないだろう。僕は翔のさらなる追求から逃れるように、本題へと話を切り替える。

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