3-4 Fan club【ファンクラブ】

 体育の授業の時間。


 今日はバスケットボールの授業があり、男子の試合が終わった後、僕らは体育館の隅っこで女子の試合を眺めていた。


「それで、あのジェシーちゃんがお前の家に来ているっていうのか?」


 同じクラスの友達の翔が、僕に尋ねてくる。


「そ、そうだけど……」


 その殺気に押されて、僕はおずおずと答える。


「金髪ポニーテール巨乳碧眼美少女ロリがホームステイに来ているとか羨ましすぎるだろ……」


 ジェシーの特徴を見事に捉えた翔の言い方であったが、付き合いが半日長い僕としては引っかかるものがある。


「いや、僕は金髪碧眼ロリ巨乳メガネ美少女と言った方がいいと思うね」


 さらに欲を言えば、怪力とかなまりとかいう属性も加えたかったが、怪力は暴力的な響きがあってイメージダウンだし、なまりは金髪碧眼という外国人っぽい雰囲気である程度カバーできているものだとしてわざわざ入れる必要はないだろう。


「順番なんかどうでもいいんだよ! それに、ジェシーちゃんはメガネなんか掛けてないだろう?」


「いや、掛けるときもあるんだよ。それに、順番はどうでもよくはないぞ。特にロリ巨乳をセットにしていない翔の言い方にはイライラするね」


「イライラするのはこっちのほうだよ。あんな女の子と一緒に暮らせるなんて……、うらやま死刑」


 どうやら、ジェシーの自己紹介の時に憎悪の念を放っていた一人は、翔だったらしい。


 一方、試合の方は、ちょうどジェシーにボールが渡ったところで、球体がコートの上で大きく弾んでいた。さすがはバスケットボールの本場から来ただけあり、ジェシーはめちゃくちゃバスケットが上手かった。


「うらやましいことなんてないよ。突然、家族が増えて、しかもそれが外国人の女の子なんだから気を使わなきゃいけないことが多くて大変だよ」


 外から見ている人間は、そのシチュエーションだけを聞けばうらやましいと思うのかもしれないが、それは上辺だけをみているからで、実際にやっている僕としては気苦労が絶えないものである。


「あー、つまりよろしくやっていたわけだ」


「どういう解釈だよ!」


 しかし、そんな当事者の隠れた苦労など、翔には伝わらない。翔の意味深な言い方に僕は慌てて弁明する。


「でも、パジャマは見たんだろ?」


「パジャマは……」


「え、まじで? 見たんだ? 見たんだな!」


 一瞬、昨日のジェシーのパジャマ姿を思い出して沈黙したことが、翔には肯定と取られてしまう。


「いや……、それは見たけどさ……。パジャマは別に悪くないだろう」


 一瞬焦って、言葉に詰まったが、よくよく考えればパジャマを見ることは別に悪いことではない。


「いや、悪いだろう。あの華奢で可愛くて、それでいて、おっぱいはアメリカンな女の子だと制服ですら犯罪すれすれなのに、パジャマは完全にアウトでしょ」


「なんでだよ!」


 一方女子の試合では、ちょうどジェシーがディフェンスの網をかいくぐり、レイアップシュートを打とうとする。そのジェシーの激しい動きに見合わず、ボールはジェシーの手元をふわりとやさしく離れて、ネットを揺らした。


 それを見た男子達からは「おおおお」と歓声が漏れる。


 ジェシーの制服姿が非常に魅力的なのは僕も同意するが、それを見たところで犯罪ではない。合法である。いわんやパジャマ姿をだ。


 でも、お前らはジェシーの体操服姿を見るな。


「登校してまだ半日も経っていないのに、ジェシーの噂は既に全国中に広まっているぞ」


「全国!? 国規模!?」


 僕の知らぬ間に何が起こっていたのかと、激しく動揺する。


「いや、間違えた全校中だ」


 翔は冷静に訂正する。


「なんだよ、まぎらわしい間違いだな」


 誰かがインターネット上にジェシーの制服姿の盗撮でも流したのかと想像して驚いてしまった。一昔前ならそんな話は信じなかったが、今のSNS時代はそんな可能性も捨てきれないから、翔の冗談だか言い間違いだか分からないものも信じてしまった。


「とにかく、ジェシーのことを知らない人間は既に学内にはおらず、隠れファンクラブすら結成されかねない勢いだ」


「はぁ……、まじですか……」


 シュートが決まったことに満足するように、ジェシーがそのポニーテールを振りかざす。僕の周りにいる男子ほぼ全員からは「おおおお」と歓声が漏れる。どうやら、その隠れファンクラブとやらは、僕の周りに隠れているらしい。


「そんな中、どこぞの男がその目的の女の子のパジャマ姿なんて聞いたら、どう思うと思う?」


「いや、何もないからね! パンツすら見てないんだから」


 ジェシー本人は自らパンツを見せようとしてきた節すらあるが、断じてそれを犯した事実はない。


「譲二が何を言っても、そんなものには何の意味も無い。それを聞いた人間はお前がその先まで進んだと考えるだろう。そうなったが最後、お前はジェシーファンクラブの目の敵にされて最悪殺されてしまう」


 今度はジェシーが敵のパスをカットして、また敵陣に斬りこんでいく。背はクラスの中でも一番小さいジェシーだが、だからこそ、その小さい体躯を活かした細かい動きを止めるのは難しい。


「いや、さすがに殺されることはないだろう」


 周りにいる男子は全員、ジェシーの姿を見ていて、僕の言葉を聞いているのは翔だけである。


「じゃあ、お前が誰かがジェシーのパンツを見たって聞いたらどうするよ?」


「地の果てまで追い詰めてそいつを殺す」


 翔が聞いて、僕が即答する。


「じゃあ、お前が誰かがジェシーのパジャマ姿を見たって聞いたらどうするよ?」


「地の果てまで追い詰めてそいつを殺す」


 翔が聞いて、僕が即答する。


 昨日のジェシーのパジャマ姿を思い返して、あんなものを他の男子が見たらと思うと自然と殺意が沸いてくる。


 今度はバスケ部の女の子が立ちふさがり、ジェシーを止めようとしたが、ジェシーは空中で体を反転させて、そのブロックをかわした。その動きでお尻……、腰もくるりと反転する。


 目にも止まらぬそのスピードだが、男子達にはなぜかその動きが捉えられていた。当然のようにボールはネットを揺らし、男子からは「おおおお」と歓声が漏れる。


「つまり、お前は人に殺意を抱かれるほどの行いをしたわけだ。これを犯罪者と言わずに何と言う?」


「うぐっ、確かに……」


 翔の論理に非の打ちどころはなく、僕は何も言い返すことができない。


「パジャマ姿を見たと言ったのが俺だけでよかったな。他の誰かに言っていたら、今頃お前はミンチだぞ」


「あぶなかったぁ……」


 立場が変わることで見方も変わる。今後はジェシーと何かがあってもみんなに迂闊に話すわけにはいかないなと思う。


「ところで、譲二、英語はできるのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る