3-2 International student【留学生】

 本日の夕飯の心配をしながらも、家を出たらそんな心配はすぐになくなってしまう。


 なんせ、女の子と連れ立って学校に行くのは妹の愛以外では初めてだったし、しかも、それが外国人のジェシーであるのだから、いろいろと気を使って、それ以外のことは頭から吹き飛んでしまう。


 普段であれば、誰も気にかけることのない僕の登校姿ではあるが、今日は逆に通りすがりのほとんどの人の視線を集めた。


 これは、この夏休みの間に僕が有名人になったからというわけではもちろんなく、その視線の全ては僕を素通りしてジェシーへと向いていた。それらは、何かしらの好奇を孕んだものであったが、ジェシーがあまりに特異すぎたからか、逆に話しかけられることはなかった。


 学校につき、職員室の担任の英語の女の先生のところに行ったところ、事情を全て知っているようであった。


 だから、あなた達はまず僕に知らせておけよと言いたくなったが、先生からしてみればそんなことは当然両親から伝わっているものだと思うわけで、文句を言えるわけもない。


 手続きがあるからと、ジェシーのことは先生に任せて僕は自分の教室に行く。


 ジェシーのことがあったから、早く来たおかげでクラスにはまだ誰もいなかった。


 その後、クラスメイトがぽつぽつとやってくるが、誰からもジェシーについて質問責めに合わないのは好都合であった。大体、何を聞かれたところで、僕だって昨日会ったばかりでよくわからないわけだし。


 始業のベルが鳴り、夏休み明けだからといって特筆することのないホームルームの時間が過ぎる。


「今日はみなさんに転入生を紹介します」


 ある程度の連絡事項の確認を終えて、ついにその時がやって来た。。

 その一言に、教室の弛んでいた空気が、一気に引き締まるのを感じる。


「じゃあ、入ってきて」


 先生の転入生という言葉を聞いて、クラス中がざわざわとなっていたのだが、その少女が入って来たことで、そのざわめきは一瞬で止まってしまう。まるで、クラス中の空気をその少女が呑み込んでしまったかのようだった。それだけの存在感をその少女は持っていた。


 僕だけは分かっていたことではあるが、その少女はジェシーだった。あれだけ行動力に溢れたジェシーではあるが、さすがにいくらか緊張しているように見える。


 ジェシーは教壇の横に立ち、正面を見る。その碧眼が僕を捉えると、僕だけしか捉えられないくらい微かに微笑んだように思えた。


「じゃあ、自己紹介して」


 その先生の言葉を聞いて、僕はまるで自分が自己紹介をする時のようにドキドキする。


 ジェシーが大きく息を吸い込む……。


「はじめまして、ワタシ はアメリカから来たジェシーです。これから一年間ここでお世話になります。日本のマンガが大好きで、いつか日本に来たいと思っていました。日本語は難しくて、間違えることも多いと思いますが、みなさんよろしくお願いします」


 よしっと僕は心の中でガッツポーズを決める。少々発音がぎこちなかったが、一人称は『私』になっていたし、他の部分も完璧だった。ジェシーらしく声量は大きく、声も明るく、最初の自己紹介として文句のつけようもなかった。もし、声だけを聞いて、姿を見なければ、日本人と間違えてもおかしくなかったと思う。


 ジェシーは自己紹介の終わりに九十度近くまで、頭を深々と下げる。同時にその後ろにあるポニーテールが、一度頭の前面に落ち、顔を戻すとまた元の位置に戻る。


「うおおお」「いいぞおお」「かわいいい」「おっぱい……」「天然の金髪娘だあああ」


 ジェシーが顔を戻すと、教室に空気が戻ってきたかのように、クラス中の、主に男子が、騒ぎ出す。


「はい、みんな静かに。今、自己紹介があった通り、ジェシーさんはこれから一年間留学生としてこのクラスで勉強していきます。日本語も今聞いたとおりにできるから、みんな仲良くしてあげてね」


「じゃあ、ジェシーさんの席はあそこね」


 なんというか、こういう物語のお決まりというか、都合のいいことに僕の隣は偶然にも空席であったため、その席がジェシーの席として示される。


「ちなみに、ジェシーさんは譲二君の家にホームステイしているから、もし何かあったら先生か譲二君に言うように」


 先生の一言で、ジェシーの影響で爽やかになっていた空気が一変し、憎悪や憎しみ、嫉妬に溢れたものになる。


「なんで譲二が?」「うらやましい……」「死ねばいいのに……」「家が燃えればいいのに……、いやそれだとジェシーちゃんも……」


 焼けるような感情の数々が明らかに僕に向けられる。


「学校でも、よろしくおねがいしますね」


 でも、今度ははっきりと笑った横に座るジェシーの表情を見れば、他のクラスメイトの感情の熱は気にならなかった。

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