2-4 Color-blind girl【色盲の女の子】
「え?」
唐突にされたジェシーの衝撃発言に僕は驚き、聞き返す。
「間違えました。オレは色が分かりません」
なんだ間違いか……、って、少しはマシになったかもしれないが、結局大問題であることには変わりがない。
「オレは色が区別できません。世界が白黒に見えます」
改めてジェシーの言葉を聞いて、背筋がぞわっとなった。
体中に鳥肌が立った。
そんな世界を想像したくないし、そこに住んでいるというジェシーのことが怖かった。
それを平然と言ってのけるジェシーに戦慄した。
「ほ、ほ、ほんとう?」
声が奮えて、僕はジェシー以上に言葉が回らない。
「はい、ほんとうです」
そんな僕の様子を見て、ジェシーは何がおかしいのかクスリと笑う。
「だ、だいじょうぶなの?」
「大丈夫です。オレはずっとこの目で生きていますから」
ジェシーは事もなげに言う。でも、目に見える世界というのは産まれてからずっと一緒のものだし、ずっとその白黒の世界で生きているというのならそれが普通なのかもしれない。世界がカラフルに見える僕が想像するのもおこがましいことかもしれないが、問題になるのは信号機の判別が難しいことくらいかもしれない。
「それに……、このメガネで、色を見ることもできます」
ずっと、おでこのあたりにかけていたジェシーのメガネは寝る前ということで外してあった。ジェシーは机に置いてあったそのメガネを手に取り、僕と出会って初めて、ちゃんとその目にメガネをかけた。
「そ、そういうメガネだったんだ……」
おでこという微妙な位置にメガネを掛けていたのは、てっきり僕の知らないアメリカのファッションの一部なのか と思っていたが、そういう理由だったのかと納得がいく。
「でも、毎日、メガネをつけません」
ジェシーは掛けたメガネをまた外した。
「どうして?」
「色がある世界は素晴らしいです。でも、オレは色が無い世界も大好きです。色がある世界はオレにはちょっと疲れます。でも、マンガは色が無くても、オレに素晴らしい世界を見せてくれました。ただ、その世界に感動しました」
これだけの日本語を一度に言い切ったことからも、ジェシーがマンガにそこまで心酔する理由はよくわかった。
「でもさ、そのマンガの中でも女の子は『私』って言うでしょう。ほら、このキャラクターを見てよ」
僕は本棚から適当なマンガを手に取り、女の子がでているページを見せた。マンガがそこまで好きなら女の子の行動に倣ってくれるはずだと思ったのだ。
「この女の子は、自分を『僕』って言っていますよ?」
セリフも読まずにジェシーに見せた女の子は、偶然にも僕っ子であったらしい。
「違うの! この女の子も特殊なの! 普通は『私』って言うの!」
僕っ子のほうが、俺っ子よりは少しはマシかもしれないが、現実では相当希少な存在であるのに変わりない。
めったにいない僕っ子を引き当ててしまった自分の悪運を呪いつつも、改めて私っ子をジェシーに見せつつ強調する。普通、男と女の違いくらい分かるだろうと思ったが、よくよく考えると英語では自分のことを男女で区別しない。
「うーん、日本語って難しいですね」
ジェシーは首を傾げる。僕にも日本語が一人称をどうしてそう区別するのか説明するのは難しいし、ジェシーにとってはなおさら難しい問題だろう。
「私とか僕とか俺とかの使い分けは先生に教えてもらわなかったの?」
あれほど上手な自己紹介を伝授してくれた先生なのだから、一人称についても精通していたんじゃないかとジェシーに聞いてみる。
「教えてもらいましたよ。それに、『オレ』については指摘もされました。でも、先生は好みや状況によって使い分けると言っていました、オレが『オレ』を使いたいって熱心に言っていたら、なにも言われなくなりました」
ジェシーの熱意は、今僕が見ている通りで、先生はきっと指摘するのが面倒くさくなったのだろう。意味は通じるしね……。
「でも、女の子のキャラで『オレ』って言っているキャラはいないでしょう?」
恐らくは、先生よりは日本のマンガに精通しているであろう僕は、その視点からジェシーの説得を試みる。
「ううん……、確かに、言われてみれば、そんなキャラはいませんね」
ジェシーはいろいろとマンガのキャラを思い浮かべているようだが、オレっ子は一人も思いつかないようだ。
「日本人の僕が言うんだし、マンガでもそうなんだから、それなら、『私』って一人称を人前では使おうね」
僕の言葉を聞いて、ジェシーはしばらく苦悶の表情を浮かべて、自分の中の何かと戦っていた。
「わかりました! 師匠! 明日から、私は『私』って一人称を使いますね」
やがて、その苦悶の表情は解けてジェシーはにっこりと答えた。
一人称の矯正はできたが、僕には妙な呼び名が一つ付いてしまったようだ。
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