1-5 Nippon otaku【日本ヲタク】
「って、なにこれ?」
「わからない、ですか?」
開かれたトランクに詰まっていたのは、見渡す限り全てマンガだった。誰でも知っている超人気マンガから、日本人である僕ですら名前を知らないようなマンガまで、種類は様々だ。
「わかるけど、これ全部マンガ?」
「その通りです! オレはマンガが大好きで、日本にも興味を持ちました。これらは、オレの宝物です!」
トランクのあまりの重さと、ジェシーの力強さを体感して、トランクの中にはトレーニング用品でも入っているのではないかと想像していたが、思ったよりは普通のものだった。このキングサイズのトランクにぎっしりとマンガ本が詰まっていたのなら、尋常ではないトランクの重さにも納得がいく。
「へえ、すごいね。これ全部ジェシーのなんだ」
ジェシーがトランクからマンガを出すのを見て、僕も一緒に手伝う。ジェシーがマンガを出せば出すほどに、そのバラエティーに驚かされる。古今東西のありとあらゆるマンガがあったが、そのほとんどは英語で書かれていて、ごく一部だけが日本語で書かれたものであった。
「譲二は、マンガ好きですか?」
「好きと言えば好きだけど、ジェシーには負けるかな」
僕の本棚にもそれなりにはマンガもあるが、その数はジェシーのトランクに入っていたマンガの数の半分にも満たない。面白いマンガがあれば読むが、特別にマンガが好きと言うほどでもない。ジェシーと比べてしまえば尚更だ。
「そうですか。じゃあ、好きなマンガは何かありますか?」
「ええと、これとかは僕も持っているよ」
僕は山のように積もったマンガの内の一冊を取って、ジェシーに見せる。
「それは、面白いですね! 私も大好きです」
そのマンガは日本人なら誰でも知っているようなマンガで、話が膨らんでも対応できるだろうということで選んだのだが、ジェシーもお気に入りのようだ。わざわざ、アメリカから日本に持ってきているくらいだから当然のことでもある。
「壌二の本棚には、何があるのか気になりますね」
掃除や荷物の整理の途中に、その整理しているものが気になって、掃除が中断してしまという恒例のイベントは万国共通のようだ。
「ええと、じゃあ見てみる?」
「ほんとですか!?」
「うん、まあ大したものはないけどね」
ジェシーはすごい乗り気だったので、荷物整理の手を止めて、僕はジェシーを部屋に連れていく。
同年代の女の子を自分の部屋に入れるのは、覚えている限りではこれが初めてである。いつそんな日が来るのだろうかとワクワクしながらも、一生その日が来ないかもとビクビクしていたが、まさかその日が突然、しかも外国人の女の子と共に迎えるとは思わなかった。
ジェシーが来る前にやっていたゲームはタイムの状態でつけっ放しではあったが、それ以外のものはわりと片付けているからそのままジェシーを入れても大丈夫だろう。
僕は普段から部屋の整理に気を使うほうではあったが、今は特に部屋の状態がいい。なぜなら、一週間前に今のジェシーの部屋……、その時はただの物置だった場所を掃除したときに、ついでに自分の部屋も掃除したからだ。
「あれ? そのまま部屋に入れちゃうんですか?」
後ろについてきたジェシーは、なぜか部屋に入ることを躊躇する。
「どうして? どうぞ、入って」
僕はジェシーがなんで躊躇しているのか分からないが、僕が促すとジェシーは恐る恐るという風に部屋に入って来た。
「いえ、隠しものはしなくてよかったんですか?」
「ん? ちょっとゲームをやっている途中だったのはあれだけど、別になにもないよ?」
僕はゲームの画面が映りっぱなしだったテレビを消しながら答える。
「そうですか……」
ジェシーは何か残念そうな表情をする。まさか、まだ畳やふすまや掛け軸を期待していたとは思えないし、ジェシーが他の何を期待していたのか僕にはわからない。
「でも、面白そうなゲームは持っていますね……。今度、いっしょにやりますか?」
「ゲームも興味あるんだ。じゃあ、いつでも誘ってよ。マンガはこっちだよ」
日本の文化にこれだけ興味津々であるのだから、ゲームにもやっぱり興味があるようだ。でも、とりあえずは当初の目的であるマンガをジェシーに見せることにする。
「これだけですか?」
僕の部屋には本棚が一つあるだけで、そこには本やマンガや参考書や、ゲームなどがざっくばらんに詰め込まれている。マンガは、その一角を占めるにすぎない。
「これだけだね」
「でも、全部日本語のマンガですね! さすがです」
もしかして、ジェシーを失望させたのかもしれないと思ったが、これだけでもジェシーは満足だったようだ。
「ここは、日本だからね。全部日本語で当たり前だよ」
「ほとんどの本は、私も持っているものです」
「確かに、ジェシーのトランクにあったマンガと同じものもいっぱいあるね」
「でも、日本語で読んだことないマンガもあります。もしよければ、時々、貸してもらっていいですか?」
「もちろん、好きな時に借りていって」
「ありがとうございます」
ジェシーは丁寧にお礼を言う。僕としては、たまに暇つぶし程度に読むものだったから、勝手に読んでもらっても別に困らないのだけど、ここまで丁寧にされるとなんだか嬉しくなる。
「う~ん、でも本当にこれだけですか?」
「なにが?」
「本です」
「そうだよ」
他にも学校のカバンの中とかに本はないこともないが、少なくともマンガはこの本棚にあるので全部である。相変わらず、ジェシーが何を探しているのか分からない。
「おかしいですね? 健康な日本人男子はエッチな本を隠し持っているはずです……。こことかに!」
言うが早いか、ジェシーは身を地面につけて、ベッドの下を覗き込んだ。
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