1-4 Pandora's box【パンドラの箱】
「ええと、これがジェシーの部屋です」
僕はジェシーを例の先週掃除したばかりの寝室に案内する。父親の音頭もあって、気が狂ったように念入りに掃除した部屋は、僕が生まれて以来初めて見るほどのキレイさでジェシーを出迎える。
きっと、ジェシーも満足してくれるだろうと僕は思っていた。
「和室では、ないですか? 畳は? ふすまは? 掛け軸は?」
ところがジェシーは喜ぶことはなく、ヒステリック気味にまくしたてる。そして、その日本語力には驚かされる。抜けているところもあるが、その語彙力はとがったところに突き抜けている。おそらく、日本古来の和風の伝統家屋への憧れがこういう知識を身に付けさせたのだろう。
「いや……、うちは全部洋室なんだよ」
ただ、あいにくなことにうちは現代的な洋風建築である。
洋室という言葉の意味が伝わったのかどうかは自信がなかったが、僕の反応から言わんとすることはわかったらしい。
「がっかりです」
ジェシーは肩を落として答える。
「それでも、一通り必要なものはそろっているから、これで我慢してね」
ジェシーは、それでも何か日本らしいものがないかと探索しているようだが、日本人の僕から見ても特に日本らしいという事は何もない。せいぜい部屋が狭いというくらいだろう。
「まあ、しょうがないですね……」
「ええと、何か足りない物や必要なものがあったら、なんでも言ってね。用意できるものはなんでも準備するから」
部屋には机にベッド、タンスに本棚と一通りの家具はそろっている。しかし、僕にとっては女の子と過ごすのは初めてで、女の子がどういう暮らしをしているのかがわからなければ、何が必要であるかもわからない。
ジェシーがアメリカでどういう暮らしをしていたかも知らないが、勝手は違うだろうし、いろいろと準備するものもあるだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
ジェシーの返事は相変わらず丁寧だ。
「とりあえず、このトランクの中身どうにかする?」
自分では持ち上げられなかったほど荷物のつまったトランクが気になり、僕はそれに手をかける。
「何やっているですか?」
すると、ジェシーは部屋を物色するのを止めて、僕をじとーっとにらんでくる。
「ええと、この荷物の整理を手伝うよ」
意味が伝わらなかったのかと思い、僕は言葉を変えて言い直す。
「女の子の荷物を、触りたいですか?」
「えっ、いや、そういう意味じゃないよ!」
思わぬ誤解を受けて僕は慌てて弁明するが、言われてみれば、女の子に対してデリカシーがなかったと反省する。
「違うですか? 日本人は、パンチラを大好きです!」
「いや、そ、そんなことはないよ」
思わぬ言葉が出てきて気が動転してしまう。確かに、僕を含めて日本人の健康的な男子の多くはパンチラのことが大好きであろうが、女の子の面前で、「僕はパンチラが大好きです!」と宣言をするやつなどいない。
「違うですか。おかしいですね?」
「おかしくないよ! でも、確かに男である僕が手伝うわけにはいかないね」
単純に善意から申し出た行為ではあったが、僕は荷物の整理はジェシーに任せて部屋を出ようとする。これから一緒に過ごしていく女の子にパンチラ大好き野郎と勘違いされるわけにはいかない。
「どこ行くですか?」
ところが、僕がドアノブに手をかけた時に、ジェシーの手が僕の肩にかかる。
「ど、どうしたの?」
肩に手がかかっているだけなのに、全身を羽交い絞めにされたかのように体をピクリとも動かすことができない。トランクを持った時にも思ったことだが、改めてとてつもない力だと思い知らされる。とても、同年代の女の子の力とは思えない。
「ええと……、中身を見てもいいですよ。手伝ってください」
ジェシーの口ぶりは可愛いのだが、込められている力があまりにも強すぎるから、怖くなって冷や汗がほとばしる。
「わ、わかったよ。て、手伝うよ」
「ありがとうございます!」
ジェシーは、丁寧なお礼の言葉と共に、腰から九十度に体を折る。日本人の僕から見ても見習わなければいけないような礼儀正しさである。
ジェシーは改めてトランクに手をかける。
「なにを、じろじろと見ているのですか? やっぱりパンツが好きなんですか?」
「ち、違うよ! だけど、中身が気になって……」
「でも、残念でしたね。パンツや大事なものは自分で整理します」
「いや、残念じゃないけどね」
つとめて冷静に返すが、内心は穏やかではない。突然現れた日本語に少し不自由のある外国の女の子をおもてなすという無茶をやっているのだから、洋物の生のパンツが見られるというご褒美くらいあってもいいはずであるが、現実は無常である。
「ジョージは、他の物を整理するの、手伝ってください」
パチッとロックを外す小気味よい音が鳴り、ついにパンドラの箱が開かれる。
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