わかりました!


 今までずっと、私は大きな勘違いをしていました。ししょーは、表面上は冷たくしながらも、私とのやり取りを少しは楽しんでくれていたのだと、そう思っていました。


 けれどもししょーは、本気で私のことをうとましく思っていたのですね。

 ししょーが真正面から拒絶しないのをいいことに、私はずっとししょーに迷惑をかけていたのですね。


 私の目から涙がこぼれ落ちそうになったそのとき——

「そんな回りくどいことはしねえよ」

 ししょーは少し困った顔で、私に言い聞かせるように答えました。


「……本当ですか?」

「本当だ。そんな陰湿なOLのいじめみたいなことしたら、お前の父親にぶっ殺されるだろうが」


 たしかにそうかもしれません。

 私のお父さんは昔、ししょーの先輩だったみたいなのですが、ししょーのことを目の敵にしています。


 事あるごとに「大事な娘をたぶらかしおって!」とししょーに詰め寄るのです。しかし、ししょーが私を突き放したら突き放したで「貴様! 俺の大事な娘によくも!」と言って怒るのです。よくわかりません。歪んだ愛情というやつなのでしょうか。


「本当に本当ですか?」

「しつけぇな。ゴミ箱を見てみればいいじゃねえか」


 ゴミ箱に牛乳のパックがなかったからといって、ししょーが牛乳を捨てていないことの証明にはなりません。


 それでも一応「わかりました」と返事をします。

 私はゴミ箱を開けて、中を覗き込みました。


 最初に目に入ってきたのは、赤い液体のついた発泡スチロールの容器です。他にも、紙くずやティッシュ、ビニール袋なんかが捨てられています。


 そしてなんと……それらの下に、潰された牛乳のパックを発見してしまったのです。


「やっぱり、あるじゃないですか。ししょーのばか」声が震えます。「もう、ここには来るなってことですね……」


 真相がわかってもわからなくても破門だなんて、こんなに酷いことがあるでしょうか。


「あー、とりあえず落ち着け。さっきも言ったが、その推理は間違ってる。ちゃんと最後まで考えろ。必要なヒントは全部出したはずだぞ」


「え?」

 たしかに、今のししょーの言動には矛盾がありました。ゴミ箱の中には牛乳を捨てた跡が残っていたのに、私にゴミ箱の中身を見せました。普通なら隠すところです。


 ならどうして、ししょーは私にゴミ箱の中を見ろと言ったのでしょう。何か、別の意味があるのでしょうか。

 私は、もう一度ゴミ箱を開けて中を確認します。


 一番上、赤い液体のついた発泡スチロールの容器。これはおそらく、市販で売られているいちごです。昨日、冷蔵庫の中にあったことを思い出しました。さっき冷蔵庫の中を探していたときに感じていた違和感はこれだったのです。


 そして——


 消えた牛乳。

 中途半端に使われた生クリーム。

 いちごの入っていたはずの容器。

 今日の日付。


 点が次々と繋がって、一つの線になっていきます。

 私は微笑みました。

 いつだってししょーは、私を導いてくれるのです。


「わかりました!」

「やっとか」

 ししょーは呆れたように私を見ました。


「はい!」

 私は満面の笑みで答えます。


「それじゃ、聞かせてもらおうか」

 ししょーは口元に笑みを浮かべながら、楽しそうに言いました。


「まず、牛乳がなくなった原因として、飲んだ、もしくは捨てた、という二つのパターンしか考えていなかったことが私の敗因です。牛乳は色々な料理のとして使われます。私はそれを完全に見落としていました」


「じゃあ、消えた牛乳は何かに使われたということだな」

「そうです」

「何に使われたんだ?」


「それは——」

 私は今度こそ、この事件の真相を言い当てました。




「美味いか?」

 ししょーが尋ねます。


「ふぁい、おいひいでふ」

「飲み込んでから喋れ」


 私とししょーはケーキを食べています。

 牛乳、生クリーム、いちごを材料として使うもの。さらに、今日がクリスマスだということも合わせて考えれば、おのずと答えは見えました。


 二人で食べるには贅沢なホールケーキで、私たちはそれをナイフで八等分して食べています。

 生クリームといちご、それにクッキーでデコレーションされていて、とてもかわいいです。


 今思えば、クッキーをししょーが食べていたのもヒントだったのでしょうか……。いや、ただ単に食べたかっただけのような気もします。


「それにしても、ケーキなんてどうやって作ったんですか?」

「いまどきの炊飯器はケーキが作れんだよ」


「へぇ。たぶん、ケーキ屋さんを開いたら、探偵よりずっとずっと儲かりますよ!」

「ははは。言えてるな」


 でも、私はししょーに探偵をやっていてほしかったし、ししょーも探偵をやめるつもりはないでしょう。


「でも、こんなにたくさん食べられませんよ」

「明日くらいまでならつだろ」


 明日も来ていいんですか? なんて聞いてしまえば、俺が食べんだよバーカ、という答えが返ってくることはわかっていたので、私は代わりに「そうですね」と笑って言いました。

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探偵とJKのクリスマス 蒼山皆水 @aoyama

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