パリコレにだって出てやります!


「そもそも普通に上がって来てるのがおかしいだろうよ」

 ししょーは読んでいた本をパタンと閉じて言います。

「何もおかしくないです。ししょーは私のししょーですから」


 ししょーが私を見てため息をつきました。うんざりしたような顔です。何か嫌なことでもあったのでしょうか。


 私はししょーに向けて笑顔を浮かべました。元気を出してください、という意味だったのですが、ししょーはさっきよりも大きなため息で応えました。当社比三倍くらいです。


 さてさて、私はししょーを改めて観察します。

 シュッと引き締まった輪郭にバランスよく顔のパーツが配置されています。鼻はつんと高く、口元には無精ひげが生えています。


 気だるそうな目は、事件を解決するときには鋭い眼光を湛えることを私は知っています。


 髪型は、本人は気にしていないにもかかわらず、不思議と寝ぐせでいい感じにボリューミーになっていてお洒落です。


 三十二歳という年齢よりも若く見えます。ダンディでワイルドなオジサマといった感じの風貌で、気だるそうな雰囲気が良い味を出しています。


 こんなボロっちい事務所で売れない探偵なんてやってなければ、さぞおモテになったでしょうに。ああ、かわいそうなししょー。


 私はこの、ししょーこと山野蛍介けいすけさんに弟子入りしているのです。


「理由になってねえだろうが。毎日のように入りびたりやがって。近所からどう見られてるか少しは考えろ」

「どう、見られてるか……ですか?」


「俺はもう三十二だ。そんでお前は十六歳。ピッチピチの女子高生だ」

「ししょーったら。私をそんな目で見てるんですね!」

 私は大げさに驚くふりをして、胸の前で腕をクロスさせます。


「ちげえよバカ。周りからどう見られてるかって言ったろ。客観的に見たときの話だ。それに安心しろ。お前みたいなチビに興味はない」


「あー! チビって言いましたね! チビって言った方がチビなんですよー!」

「精神年齢までチビだな。ここはお子ちゃまの来るところじゃねーんだよ」


 ししょーの言う通り、私は身長が低いのです。四捨五入して一五〇センチです。この前なんて、小学生に間違えられました。ピッチピチの女子高生なのに。


 それに比べてししょーは一八〇センチあります。ずるいです。どうしてこうも世界は不平等なのでしょう。まったく。その身長を分けてほしいものです。


 毎回そんな言い争いをしながらも、私を無理に追い出そうとはしません。なんだかんだで、ししょーは優しいのです。


 さてと。ししょーとの口争も終わったことですし、今日も牛乳を飲みますか。

 私は一日に二〇〇ミリリットルの牛乳を飲むようにしています。中学二年生のときから毎日欠かさずに続けている習慣です。


 別に、身長が低いのを気にしているわけではありません。牛乳が好きなだけです。本当ですよ?


 牛乳は自宅だけでなく、ししょーの家にも保管してあります。

 私は事務所の隅に設置してある冷蔵庫を開けました。


 しかし――

「あーっ!」

「ぁんだようるせーな!」


 私はししょーの方を振り返って叫びます。

「私の牛乳がないのですよー!」


 ストックしておいたはずの、二〇〇ミリリットルの紙パックの牛乳がなくなっていたのです!


「なんだ。そんなことか」

 なんだとはなんですか! というか、その口ぶり……。


「ししょー、まさか牛乳の行方を知っているというのですか?」

 なんてことでしょう。まさかの裏切りに、私は驚愕します。


「ああ。そりゃあここで生活してるからな。ってかお前、師匠って呼ぶのやめろ。俺は誰かの師になるような立派な人間じゃないし、お前を弟子にとった覚えもない」

 いきなりそんなこと言われても困ります。


「じゃあ何て呼べばいいですか? 『お兄さん』って年齢でもないし『おじさん』って呼ぶのも失礼ですよね。『山野さん』は距離を感じてさびしいですし……。あ!」私はひらめきました。「『パパ』でどうですか?」


「それは止めろ。俺が悪かった。マジで。そして何でそこに行きついた。お前の思考回路はどうなってんだ」

 ししょーが項垂れます。


「じゃあ今まで通り、ししょーでいきますね。で、そんなことよりも牛乳です! 私の牛乳はどこにいったんですか?」


「お前な……。言っとくけど冷蔵庫は俺のだからな。ついでにこの事務所を借りてるのも俺だ。何の権利があってここに入り浸って家電や家具を自由気ままに使ってんだ?」


「私はししょーの弟子なので、ししょーのお手伝いをしています。もちろんお給料は要りません。アルバイトを雇うよりもお得です」

 胸を張って、私を弟子とすることのメリットをししょーにプレゼンします。


「これといって何か探偵っぽいことしてねえだろ」

「それはお客さんが来ないからですよ?」


「うぐっ」

 どうやら私の放った何かが、鋭くししょーに刺さってしまったようです。事実を言っただけなのに。


「よし。じゃあこうしよう。お前が牛乳の行方を推理しろ。もし答えが導けなければ、そのときは——」


「そのときは……?」

 私はおそるおそる聞き返し、ししょーの言葉を待ちます。


「破門だ」

 ——破門。その響きは私の心に大きな衝撃を与え、波紋を広げます。破門だけに。なんてダジャレを言っている場合ではありません。一大事です。


「どうした。自信がないのか?」

 ししょーがここぞとばかりに追い打ちをかけます。

 こうなったら、受けて立つしかありません。


 それに、いくら何でもアンフェアな提案はしてこないでしょう。ししょーは口は悪いし無気力だし私に対するあたりは強いし全然お客さんが来ないのにいつまでも私立探偵なんてやってるおバカさんですが、謎に対しては人一倍真摯なのです。


「わかりました。私だって見習といえど探偵です。牛乳のありかを突き止めて、身長を伸ばしに伸ばしてスーパーモデルになってやります。パリコレにだって出てやります!」

 ビシッとししょーに人差し指を突き立てて、私は宣言します。


「そうか。そんじゃあお手並み拝見といきますか」

 ししょーはニヤッと笑いました。そして、テーブルの上にあったクッキーを食べ始めます。

 あっ、ずるい! 余裕でいられるのも今のうちだけですからね!


 さっさと謎を解き明かして、ししょーを驚かせてあげようと思います。

 そして、いつの間にか成長した弟子の姿に、ししょーは涙を流すのです。ああ、なんて素敵なのでしょうか。

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