探偵とJKのクリスマス

蒼山皆水

私のししょー


 学校帰り。可愛い制服を身に纏った私、天海あまみ燐菜りんなは、鼻歌を歌いながら小さなスキップで校門をくぐります。冬の寒さが身に染みますが、赤いマフラーにあごをうずめれば大丈夫。


 一歩前に進むたびに、先週切ったばかりのショートカットの頭がほわほわ上下するのを感じて、なんだか楽しくなります。


 今日は十二月二十五日、クリスマスです。本当なら冬休みなのですが、期末テストで悪い点を取ってしまった私は、その補習を受けていたのです。


 どれくらい悪かったのかって? それは秘密です。う~ん、テレビでよくやっている仮装大賞だったら満点だったのになぁ……。数学は苦手なのです。


 やっぱり、授業中に寝ていたのがよくなかったのでしょうか。それとも、テスト前日にお部屋の片づけをしていたのがまずかったのでしょうか。


 一人で反省会をしながら、次回もきっと補習なんだろうなぁ、なんて諦念を胸に抱いて、私は通学路を歩きます。


 しばらく歩くと、

「あっ! みーそーのーちゃーん!」

 前方に見知った後ろ姿を発見したので、私は声をかけました。


 彼女が振り向くと、サラサラの黒髪がなびきました。今日も綺麗なキューティクルです。

「ああ、燐菜」


 一直線の細い眉に、切れ長の目。真っすぐな鼻梁。引き締まった薄い唇の下に、ほくろがポツンと浮かんでいます。


 全体的に顔を構成するパーツが小さく、身体も華奢。まるで、荒野に咲いた一輪のマリーゴールドのような儚さです。


 一部の男子から絶大な人気を誇るのも頷けるというものでしょう。そんな彼女の名前は沼津ぬまづ未園みそのちゃん。私の自慢の友達です。


 未園ちゃんの持つ通学鞄には、イケメンさんの缶バッジが数たくさん付けられています。彼女はアニメや漫画が大好きなのです。


「未園ちゃんは生徒会ですか?」

 彼女は生徒会に入っていて、会計を担当しています。そしてとても頭が良く、補習などとは無縁の女の子です。


「うん。燐菜は……ああ、補習か」未園ちゃんが何かを察した顔で肩をすくめました。「で、また今日も山野やまのさんのとこ行くの?」

 未園ちゃんが私に尋ねます。


「はい!」

 私は元気よく返事をしました。


 山野さん、というのは私のししょーです。私たちの通う高校から歩いて十五分くらいの場所に事務所を開いて、私立探偵を営んでいます。


 つまり、山野さんの弟子である私は探偵見習いということになります。うふふ。なんだか素敵な響きです。


 私が山野さんと知り合ったきっかけを話そうとすると、総上映時間が十時間越えの三部構成の大長編になってしまうので、それはまた別の機会にお話ししましょう。


「そっかそっか。クリスマスに会えてよかったじゃん」

「クリスマスに会えると、何かいいことがあるんですか?」

「あー、はいはい。私が悪かったよ。何でもない」


 私にとって、クリスマスは美味しいケーキを食べる日です。一般的には家族や恋人と過ごす日、なんて言われていますが……。ししょーはししょーですし。それに、ししょーとは毎日のように会っています。


 私は未園ちゃんの言っている意味がよくわかりませんでした。クリスマスには他に何か特別な意味があるのでしょうか……。


「……ああ! プレゼントを貰えるかもしれないってことですね!」

 まあ、ししょーがプレゼントなんてくれるとは思えませんが。


「そうそう。そういうこと」未園ちゃんはおざなりに返事をします。「じゃ、またなんか面白い事件があったら聞かせてね」


 未園ちゃんが笑ったときに目尻にできる、よく見ないとわからないほどのうす~いしわが、私は大好きです。このしわに気づいているのは、世界で私だけに違いありません。なんとなく、そう思うのです。


「わかりました! それではまた」

「うん。バイバイ」

 手を振って未園ちゃんと別れます。




 人通りの多い道を抜けて住宅街へ。マンションや一軒家、コンビニなどが並んでいます。中には何をしているんだかよくわからないお店もあります。


 とある建物の前で私は立ち止まりました。

 目の前に建っているのは、豪華絢爛な外装の高層ビル——とは程遠い、ボロボロの二階建てのビルです。


 台風でもくれば飛んで行ってしまいそうなそのビルの二階に、山野さんの『探偵事務所ホタル』はあります。


 ちなみに一階にはカフェがありますが、こちらもさびれていて、カフェと言われて私が想像するようなお洒落な雰囲気とはかけ離れています。


 事務所のある二階に上がります。階段は、今にも崩れ落ちそうに軋んだ音を立てますが、何度もかよっている私はもう慣れました。


「たっだいまー!」

 事務所の玄関を開けます。


「ここはお前の家じゃねえ」

 ソファに座って本を読んでいたししょーが、顔も上げずに言います。

 静かなのによく聞こえる、魅力的な渋い声は今日も健在です。


「もう、ししょーったら。『ただいま』って言われたら『おかえり』って言うんですよ」それくらい、三歳の子どもでも知っています。「もう一回いきますね。ただいまー!」


「はいはい。お帰りください」

 本に目を落としたまま、ししょーは言いました。


「ちーがーうー!」

 私のししょーはちょっぴり意地悪なのです。

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