第77話
ドナ達が秘書に導かれジョンのオフィスに入った。
オフィスは全体のインテリアをマホガニー調に統一し、その広さと大きな窓から街を見下せる見晴らしの良さは、まるで映画に出てくるウオール街のエリート金融マンのオフィスそのものだった。
ジョンは、大きなテーブルの向こうから彼らを迎えた。ジョンにすすめられ、ドナはソファに腰かけたが、一度座ると立ち上がりたくなくなるようなソファだった。
佑麻は、ジョンにお礼を言い、ドナは持参した手作りのEspasol(エスパソル/ココナツが入った甘いお菓子)をお礼に渡した。ジョンは、そんなふたりの息のあった言動が、また麻貴を傷つけはしないかと、ハラハラしながら、ふたりからの礼を受け取った。
「ミスター・ユウマは、いつ帰国されるのですが?」
ジョンの問いに佑麻が答える。
「もうしばらくは居るつもりです」
ジョンは佑麻とドナを見ながら、先に帰国する麻貴の無念さを察した。
「そこで、突然ですが、ご相談したいことがあるのですが…」
佑麻が急にあらたまった口調でジョンに話し始めるので、ジョンは少し警戒した。
「なんでしょう?」
佑麻は、今自分たちがやりたいと思っている事をジョンに説明するようにドナに促した。ドナは、いきなり切り出してきた彼の意図が良くつかめなかったが、先日話しあった講習会のことを説明する。その間、佑麻は日本語で麻貴に説明した。
一通りの説明を終えると佑麻がジョンと麻貴に、メディカルアドバイザリースタッフについては、ドナの大学の教授がボランティアスタッフを紹介してくれることになったと付け加え、そして続けた。
「そこでご相談なのですが、ジョンさんの会社に、このプロジェクトのオーガナイザーになって頂き、店舗の一部を講習の間だけ会場として提供して頂くことはできないでしょうか?」
佑麻の突然のプロポーザル(提案)にドナと麻貴は顔を見合わせた。ドナは心配して佑麻の腕を取り、佑麻が大丈夫だよとその手に自分の手を重ねた。
ジョンは、プロポーザルの内容自体には、たいして驚きはしなかった。しかし、ドナと佑麻の振る舞いを見ながらも、それでも庇護者のごとく佑麻を見つめる麻貴の視線を認めると、今まで彼の生涯で感じたことのない理屈の無い怒りが、胸に込み上げてきたのだ。
麻貴、君はこんな仕打ちをされてもまだ彼への思いが断ち切れないのか。いったいこの男のどこがいいんだ。数時間後に、冷静になったジョンはそれを嫉妬だったと認識し、下品なことをしてしまったと後悔することになるのだが、その時はまだ本能の渦の中に居た。
「残念ながら、ご期待にはそえません」
彼は、インターフォンを押すと、とげとげしい言い方で秘書に言った。
「お客様がおかえりだ」
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