第35話

 果樹園からワイナリーへの移動の間でランチタイムとなった。


 佑麻は近くでレストランを探したが『今日のランチはフィリピンスタイルでいきましょう』というドナの提案で、ミネラルウォーターだけ買って、見晴らしのいい丘でバスケットを開けた。


 中から出てきたのは、スモークされた小型のフィッシュTapang Isda(タパン・イスダ)と、ココナッツミルクが入ったシチューみたいなもの、これはCadereta(カルガレータ)という料理であると教えられた。そして最後に、ライスが出てきた。

 ドナが持参してきたライスは、日本のものとはちがい細長で炊きあがりも多少パサパサしている。ドナが準備してくれた料理だ。

 彼は初めてのフィリピン料理に、多少の不安はあったが食事を開始する。スモークフィッシュに尻尾からかぶりつこうとしたら、骨がのどに刺さるからやめろと制止され、フィッシュを手でさばきながら、せっせと香ばしい白身を佑麻の皿に乗せてくれた。カルガレータをスプーンですくいパサパサのライスと混ぜながら口に運ぶ。日頃なれない味と食感に多少の不安は残るものの、先入観を持たなければ、それなりに旨いものなのかもしれないと感じていた。


 ドナを見ると、右手の指先で器用にライスをすくいながら素手で食事をしている。今日の彼女は、今まで彼と行った街のレストランでは見せたことのない早さと器用さで、どんどん食べ物を口に運んでいた。

 おしゃべりの彼女が一言もしゃべらない。こんなに美味しそうに食べるドナを見るのも初めてのことだった。ドナの魚の身を取ってくれる心遣いと彼女自身が食べる勢いに押されて、佑麻もおなか一杯になった。

 ミネラルウォーターで細い指先を洗うドナを眺めながら、箸も使わず素手で食べることが、こんなにも優雅に感じられるのが不思議だった。


「何でナースになりたいの?」


 佑麻は食後の後片づけをしているドナに問いかけた。


「小さい頃、お父さんが病気で死んだ。お母さんは、家族のためにたくさん働いたからほとんど家にいれなかったの。代わりに近くのおじさんやおばさんが私たちの面倒を見てくれました。大きくなったら、ナースになってお礼がしたいと思ったのよ」


 ドナはあらたまって佑麻に向き合い言った。


「What do you wanna be someday ? (佑麻は、何になるの?)」


「 別に今は、特になりたいものなんて考えてないな。でもまだ若いし、ゆっくり考えても間に合うと思うけどね」

「The same as what you are now, Nothing…(何にでもなれると思っているうちは、何にもなっていないと同じことよ)」


 言い投げられたドナの言葉に、佑麻は後ろめたさを感じて、返事をせずに遠い雲へと視線を移した。

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