第33話

 やがて、いつものバス停に大きなバスケットを持ったドナの姿を見つけた。


 朝早い待ち合わせなのに、なにか食べるものを持ってきたのかな。弾ける笑顔で手を振る彼女は、珍しくロングスカートだった。スカートについた柔らかいフレアが、新鮮な朝日に透けて眩しく輝いている。

 兄の言葉が佑麻の頭にリフレインする。『太刀打ちできる相手じゃない?』 今の自分は、ドナに相応しくないのだろうか。


 そんな懸念を払拭してくれるかのように、シートに収まったドナは、いつになくよく喋り、笑った。今では二人の会話は、英語、日本語、タガログ語が入り混ざった独特のコミュニケーションになっている。

 カーオーディオの軽快な音楽をBGMにして、車は首都高から中央高速へと進み、やがて景色もビル街から住宅街へ、そして山間へと変わって行く。その景色のひとつひとつの変化に、ドナははしゃいでいた。また、音楽好きなドナは、BGMに合わせて歌いはじめる。狭い車内なりに、ちいさい身振りでチャーミングなダンスを見せてくれるものだから、佑麻も運転する目がつい吸いよせられてしまう。

 そんな彼をドナは、危ないからまっすぐ前を見て運転しなさいよと言って、何度も怒った。


「まったくこどもだな、ドナは…」


 佑麻はドナの性質が好きでたまらなかった。

 すぐ怒るくせに、数秒後には佑麻の頭を抱いてくれる。ガンバリ屋だが臆病でよく佑麻の腕の中に隠れる。腰に手を回すと大げさに恥ずかしがるくせに、図書館で隣に座っていると大胆に足をからめてきたりする。天真爛漫なドナ。

 しかしそれでも、自分はそんな彼女に振り回されたことがない。最初に付け回したのは自分だ。恋愛は先に惚れたものが相手に振りまわされる、というのが定石というものだが、彼女との付き合いの中ではそんなことはなかった。

 なぜだろう。上手く言えないが、彼女の佑麻に対する言動のすべてに、なにかしっかりとした根のような安定感を感じる。陽気で明るいのはラテン系民族には天性のものだとよく言われる。しかし、彼が今感じる根っこのようなものが、ドナの個人的性質なのか、民族性が故なのかは定かではなかった。


 残念ながら、それが以前失った、大切な母から享受していたものと同じものであると、その時点では気づけなかったのだ。

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