第30話

 兄は佑麻のコンディションと処置した内容を聞いてきた。


 相手が英語の堪能な兄だったので、ドナは英語で説明したが、特に佑麻に何をしたのかについては、麻貴にその内容が詳しく知られないように早口で説明した。


『In Philippines, Do doctors always give such a first aid treatment to a sick person ? (フィリピンでは、熱が出たらみんなそうするのかな?)』


 様子を聞き終わった兄が、電話口で質問した。


「国では薬が十分じゃない場合が多いので…」

『そうか、ナースには大変だけど患者さんの体には優しい処置だね。さすがナースの卵だ。佑麻に代わってお礼を言うよ』


 日本のドクターである兄からそう言われると、ドナもうれしかった。


『あとは麻貴さんに任せて大丈夫だよ。昔から家族ぐるみでつき合っている佑麻の幼馴染だからね。そのうち妹の由紀も帰ってくるだろう。病院の車をまわすから、帰るのにそれを使ってください。本当にありがとう』


 その後電話を替わった麻貴が、兄から今後の処置の指示を受けて電話を終えた。


「ねえドナ。あなた佑麻の部屋に入ったの?」


 受話器を置いて、振りかえりざまの麻貴の質問に、ドナもなんと答えたらいいか戸惑った。幸いに、よろけながらリビングに降りてきた佑麻のおかげでその問いに答えずに済んだ。


 リビングのソファに横たわる佑麻の口に体温計を差し込み、薬をのませ、スープを口に運ぶ。どこからか取り出してきた美しい柄の毛布を佑麻の体にかけて、麻貴はかいがいしく彼の世話をした。

 その様子を見ながら、ドナはこの家では何もできない自分の無力さが悔しかった。そして麻貴の甲斐甲斐しい世話を受ける佑麻が、さきほどベッドルームで寝ていた佑麻とは別人のように思えてならなかった。

 やがて病院の車が来た。佑麻のすまなそうな目に見送られながら、ドナは家を出た。レポートを書きあげてしまえばもう帰国の日を待つだけだ。しかしドナは、帰国したその後に佑麻とともにいる自分が、どうしても想像できない。

 帰りの車の中で自然と涙があふれた。

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