第29話

 ナースとしての仕事を終えると、ドナはベッドサイドで佑麻の長いまつげを眺め続けた。


 彼女はこの男に愛おしさ感じていた。ある時は、騎士のように毅然としてたくましく、ある時は少年のように悪戯で恥ずかしがり屋、そして時には幼子のように甘えん坊になる。

 今日は、熱で弱っているのにもかかわらず、逆に汗にまみれた体躯からいのちのほとばしりを感じる。会えばいつも新しい魅力の発見があり、そしてそのすべてが理屈抜きで受け入れられてしまう。カソリックであるドナは、この男が好きだという感情の前に、この男とめぐりあわせてくれた神様への感謝の気持ちでいっぱいだった。


 そろそろ、水分補給だけでなく何か栄養を取らせなければ。

 やっとベッドサイドから離れる理由を見つけて、階下に降りた。汗に濡れた佑麻のウエットスーツをランドリーボックスへ運んでいると、突然呼びかけられて、ドナは息が止まるほど驚いた。


「ドナ!あなたなんでここに居るの?」


 声の主は麻貴であった。家族でもない彼女が、なぜこの家の鍵を持って自由に出入りできるのかドナには不思議でもあった。

 ドナは、ゆっくりとした英語で麻貴に事情を説明する。


「サークルの練習休んだから、そうじゃないかと思ったのよ。ちょっと佑麻の様子を見て来るわ」


 麻貴が2階にあがる。ドナは、佑麻の部屋の中に貼ってある自分の写真を見られるのが、ちょっと恥ずかしかったが、すぐ降りてきた麻貴の言葉で安心した。


「佑麻ったら相変わらず自分の部屋には誰も入れてくれないだから…。いま降りてくるそうよ。薬は飲ませたの?」


 麻貴の問いにドナが首を振ると、彼女は薬箱を取り出し、体温計、解熱剤を準備する。キッチンへ移ると、電気ポットで湯を沸かし始め、食材の棚から缶のスープを取りだし、すばやく缶を開けて電子レンジで温める。麻貴はこの一連の動きを無駄なくテキパキとこなしている。どこに何があるのか、何をどう使うのか。この家のことはすべて熟知しているようだ。


 次に麻貴は電話をかけた。親しそうに話している相手が誰であるかすぐにわかった。

「佑麻のお兄さんが、あなたと話したいそうよ」

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