第23話

 佑麻は、リンクサイドに来たドナにスティックをあげて挨拶する。


 ドナは、笑顔で応え彼の練習が終わるのを観客席で待つことにした。

 観客席のドナに、サークルの仲間たちがあちこちから気軽に声をかける。彼女も明るく返事を返した。今では、ドナも多少の日本語は理解し、また日本語で返事を返せるまでになっていた。

 記念パーティー以来、彼女はチームメイトに広く知られることとなり、佑麻の手助けもあってすっかりサークルの仲間になっていたのだ。先日もマネージャーリーダーの麻貴の反対をよそに、初めてスケートシューズを履いたドナが、チームメイトに代わる代わる手を引かれてスケーティングの練習をさせられた。そして遠慮なくドナの手を握り腰を支えるチームメイトにやきもちをやく佑麻を、みんなが面白がった。


 ドナは観客席から、佑麻の迫力のスケーティングを目で追う。

 いかついプロテクターで誰もが同じように見えるが、今では背番号とスケーティングフォームで彼がわかるようになっていた。ドナの日本滞在での残りの日数が少なくなればなるほど、一日の中で彼と過ごす時間が増えていく。

 美術館へ行き背中合わせに別々の絵をしばらく眺めたり、公園の芝生で読書する彼の膝枕で音楽を聞いたり。言葉は交わさなくとも彼といると、暖かく柔らかい何かが彼女の心を包む。すでにドナの心の中に彼の指定席があり、1日でもその席が空いているとまったく元気が出ない有様だった。


 ふたりで歩く時は、自然に腕を組み、手もつなぐ。時には、佑麻が優しく肩に手を回してエスコートもしてくれることもあった。

 しかし、いくら親密度が深まっても、不思議と彼の方からキスを求めることはなかった。それが、彼女を家まで送ってのバイバイキスのレベルであってもだ。ドナはそれが日本の国民性かなと考えた。それでもキスが欲しい時は、ドナから顔を近づければいい。彼は決まって、ドナの体を抱きとめる腕から伝わる情熱とは不釣り合いな、静かで軽いキスを彼女の唇に返してくる。


 ともあれ今日は、ドナのレポート制作のために、佑麻の父の病院へ連れて行ってもらう約束になっていた。

 大学のカリキュラムも最後のレポート制作を残すのみになり、ドナは『日本との看護の相違と相似から考える看護のあるべき姿』というテーマで取組むことにした。

 レポート制作が終われば、あとは帰国の日を待つだけとなる。帰国の日と帰国後のことについては、ドナも佑麻も話題にすることはなかった。練習が終わった佑麻は、ドナが待つ観客席へ。


 ふたりは麻貴の冷たい視線に気づくこともなく、バイクにまたがって病院へ向かった。

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