第22話

 会社の残業で遅くなったドナの叔父は、偶然彼の家の前にいる二人を目撃した。


 二人は結んだ手をなかなか離さず、どう考えても長すぎる挨拶を交わしている。

 ようやくドナが玄関を開けて家の中へ入っていった。上機嫌で車に乗り込もうとする佑麻に、叔父が話しかけた。


「いい車だね。君のかい?」


 突然問いかける主に戸惑いながらも、相手が以前会ったドナの叔父であることがわかると、佑麻は緊張しながら答える。


「自分は学生ですから、車は持てません。これは医師の兄から借りてきました」

「そうなんだ…。いかにも馬力がありそうだね」


 叔父は、しばらく車を眺めまわしていた。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。自分は石津佑麻といいます。今日 自分の大学のサークルのパーティーにドナリィンさんをお誘いして、今お送りしたところです」

「君はたしか、ドナに大酒飲ませて乱暴しようとした彼だよね…」

「いや、乱暴と言うわけでは…」

「ドナもそんな君となんで親しくなったのだろうね」


 佑麻は答えようがなかった。


「少し時間あるだろう。歩かないか」


 叔父の誘いを断るべくもなく、佑麻は黙って従った。しばらく歩くと、小さな公園にたどり着いた。叔父は、ポケットからタバコを取り出して口にくわえる。


「君は吸うのかい?」

「いえ、吸いません」

「そうか、偉いね」


 そう言いながらくわえたタバコに火を点けた。


「ドナはね、小さいころから日本で勉強することが夢だったんだ。パスポートの問題でなかなか実現できなかったが、それがようやく叶ってやってきた。短い期間だけど、私はその間、沢山のことを勉強し、楽しんでくれればいいと思っている。ドナが将来仕事を始めた時に、今ここで得たものが、きっと大きな力になると信じているよ」


 タバコの煙を吐きながら叔父は言葉をつづけた。


「実際ドナは国に帰って看護師になろうと頑張っている。だから、ドナはここでの勉強を終えたら、必ず帰るんだ。そして帰る時には、良い財産と良い思い出だけ持って帰らせたい。それがこの叔父の切なる願いなんだよ」


 佑麻はただ黙って叔父の話を聞いた。


「今夜は、最初に会った時よりきちんとした格好だから、前ほど悪い奴には見えないね。実際ドナがなつくくらいだから、思っているほど、悪い奴ではないのかもしれない。だから、別にドナと会うなとは言わない。でもドナとは距離を保って、いい友達でいて欲しい。楽しい思い出を作るには、いい友達は必要だからね。決して、帰国する時にドナを泣かせるような友達にはなってほしくないんだ。お願いできるかな」


 佑麻はしばらく考えたのち、慎重に言葉を選んで答えた。


「ドナリィンさんとお付き合いするなかで、良い友達でいるためのラインを、どこに引いたらいいのかは、正直言って今はよくわかりません。でも、お話の主旨はよくわかりました。お考えに従って自分の最善を尽くすことはお約束します」

「そうか。ここで話したことが無駄にならないことを願うよ。それじゃ失礼するよ」

「はい、おやすみなさい」


 佑麻は、家に向かう叔父の背中をずっと見送りながら、なにかとても難しい禅問を出された気分になっていた。

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