第15話
「おい、佑麻。お前フィリピン人の女の子と付き合っているのか?」
アイスホッケーの練習後、シャワールームでチームメイトが佑麻を囲んで問いかけた。
「いや、付き合っているって訳じゃ…」
公園での一件以来、ドナと佑麻は話ができる距離に、お互いを近づけられるようになっていた。今のデートは、カフェで同じテーブルに座り、時間いっぱい日本語と英語とタガログ語を交差させながら、お互いの家族や生活や生い立ちのことを話し合う。
ふたりの共通言語は英語だが、ふたりにとっての異国語である英語では、伝えたいけど伝えきれないもどかしさがあった。しかし、それでもあきらめずにひとつひとつ丁寧に説明する努力は惜しまない。そうして過ごすふたりの時間が楽しくもあった。
佑麻は、ドナの国の暮らしを聞いてもまったく具体的なイメージがわかなかった。まあ、同じアジアだから日本とそう変わらないだろうと、日本の延長線上で、家の形、部屋の様子、街の風景を想像した。後日、その時の自分の想像がいかに甘かったかを思い知ることになる。
ドナは、佑麻の母がすでに亡くなっており、医者として忙しい父に負担をかけまいと、兄弟3人で支え合って育ったことを知った。佑麻が兄弟の写真を見せると、妹を見てドナはコロコロと笑い出す。
佑麻がいくら訳を聞いても彼女は明かしてくれなかった。
「なあ、フィリピーナってどんな匂いがするんだ?」
「そうそう、肌が黒くて、毛深かったりするのか?」
「やっぱり、目の色が違ったりするのか?」
シャワールームで佑麻を囲むチームメイトが矢継ぎ早に質問する。
「なあ、いい加減にしろよ。俺は、お前らの彼女の、匂いだの、肌の色だの、目の色だのに聞いたことはないだろ」
佑麻は多少不愉快な思いを抱きつつも、チームメイトにドナを紹介する必要性を感じていた。彼女が日本女性と比べなんら特異なことはないと分かってもらうことが理由だが、みんなにかわいいドナを自慢したいという欲求も少なからずあった。
シャワーを終え更衣室から出ると、チームのマネージャー軍団が待ち受ける。チームメイトの誰かの彼女だったり、誰かに憧れて参加したり、マネージャー軍団は、華やかな女子大生の集団となっていた。やがて、軍団は目当ての男たちのもとへ散って行く。
「佑麻!」
彼を見つけて、幼年時代から付き合いのある麻貴が声をかけた。
「来週のパーティーはどうするの?」
彼の属するアイスホッケーチーム『ホワイトウルブス』の創部記念日には、金持ちOBのゲストハウスで、毎年記念パーティーが催される。
それは、女性同伴のフォーマルパーティーで、新入部員であった去年は、佑麻は気安さから麻貴を同伴して参加した。それ以来、麻貴はサークルに名前を売ってマネージャー軍団の一員になったのだが、持ち前の気の強さから今では軍団のリーダー格にのし上がっている。麻貴がマネージャー軍団に入った本当の理由を知る人は少ない。
「あたしだって忙しいんだから、相手探しで困っているなら早く言ってよ」
『そうか、創部記念パーティーがあったな…』
「ああ、ありがとう。今年は迷惑かけなくても済みそうだ」
麻貴はそっけない佑麻の返事に、驚きを隠せない。
「えっ!今年は相手が居るの?」
「まだ、承諾してくれるかどうかわからないけどね」
じゃあな!と言って立ち去る佑麻を、震える握りこぶしで見送りながら、麻貴は早速情報収集のために新入部員を呼びつけた。
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