第13話

 その日から、ドナと佑麻の不思議なデートが始まった。


 佑麻の誘いで何度かバス停で待ち合わせたものの、お互いの5メートルの間隔が依然縮まっていかない。映画に行ってもドナは3つ隣の席に座るし、大学構内の広場でくつろいでもドナは隣のベンチに腰掛ける。

 もっと近づいてドナと話したい欲求はあったが、佑麻は急ぐのはやめようと考えた。距離はあっても、手振りやサインである程度の意思疎通は出来るし、時間になれば腕時計を指で軽く叩き、別に不快感なくバイバイできる。ドナが自然に近づいてくるのをゆっくり待とう。

 一方ドナは、佑麻と安らかに時を過ごすために、今はこの距離が必要だった。この距離であれば、無理して話す必要もないし、バランスのいい佑麻のシルエットをゆっくり観賞する楽しみも満喫できる。


 ある日のデート、佑麻はドナを公園の広場に誘った。短期間のスケジュールに押し込まれたドナの過密な講義や佑麻のサークル活動などの都合で、会っても一緒に居られる時間は少ない。貴重な時間を一刻も無駄にできないと、広場へ着いた佑麻は、バッグからフリスビーを取り出した。距離を持ちながらも、ふたり一緒に楽しめる遊びを徹夜で考えだしたのだ。

 ドナは、フリスビーははじめてだったが、見よう見まねで佑麻とキャッチとスローを楽しむ。慣れたところで佑麻はバッグから、もうひとつのフリスビーを取り出し、悪戯な目つきで2個を同時に投げた。ドナはこれしきの事なら大丈夫とばかり、ふたつのフリスビーを追って見事キャッチ。

 それを確認した佑麻は、3個目、4個目のフリスビーをバッグから取り出し同時に投げる数をエスカレートさせる。ドナは、必死に食らいついていたが、さすがに5個目のフリスビーがバッグから取り出されるのを目にすると、怒って背を向けて座り込んでしまった。

 佑麻は、なに事も一生懸命やろうとするドナの真摯な性格とともに、すねた顔も笑顔と同じくらい可愛らしいことを発見したのだった。


 ドナのご機嫌を直す意味も含めて、コップで飲むしぐさで『飲みもの欲しい?』と佑麻が問うと、ドナは親指を立てて『ちょうだい!』と答える。

 佑麻は、近くの売店へ向かった。ドナは、フリスビーをおしりの下に敷いて芝生に座りこむ。今日は気持ちのいい日だ。空を仰ぎながら、祖国の暑さを思い出そうとした。日本でこんな涼しい空気に触れていると、マニラの一年中続く重苦しい暑さを忘れてしまう。

 佑麻はマニラのむせかえる暑さをどう思うだろうか。雑多な臭気が混ざったチャンパカ通りでも、佑麻は顔をしかめず歩いてくれるだろうか。やがてドナは、なぜそんなことを思い始めたのか不思議になり、頭を振って考えを切り替えた。

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