第12話
佑麻は離れたテーブルのドナに大声出して説明しようとしたが、彼のヘタな英語を他の客に聞かれるのも恥ずかしいと思い止まる。
彼は、上半身を反らしながら泳ぐエビを表現し、からだを固めて畑にすくっと育つ野菜になり、そして指をちょっとなめて顔をしかめる辛い顔でパスタの味を説明した。
ドナは、そんなパフォーマンスを披露する彼を唖然として見つめていたが、一通り終わったところで、今度はBを指し示す。
「えっこれも!Bは、イベリコ豚とマシュルームのクリームスープパスタ…、ちょっと難問だな」
佑麻が指で鼻先をあげて豚になり、頭を抱えてマシュルーム。角を作って乳をしぼる真似をしたところで、ついにドナは吹き出した。
懸命に笑いをこらえながら『私、やっぱりこれがいい』と通常メニューのペペロンチーノを指差す。
「なんだよ。人にさんざんやらせておいて」
文句を言いながらフロアスタッフに二人のパスタをオーダーした。
もちろん文句を言ったところで、ドナは日本語がわからないので伝わらない。しかし、ドナの笑顔を初めて見ることができたのは儲けものだった。佑麻の想像通りの可愛らしさだった。
彼はテーブルのコースターに"Yuma Ishizu"と名前を書いてドナに見せた。それを見たドナは、"Donnalyn Estrada"と書いて応える。
パスタが運ばれてくると、お互いがお互いを盗み見しながら、フォークを口に運んだ。ドナが空いたグラスを指で軽く弾くと、佑麻はフロアスタッフにドナのグラスに水を満たすようにオーダーする。佑麻が、コーヒーカップを持つしぐさをすると、ドナは小さな手のひらを振って『お水で十分』と答える。こんな風に、ふたりの初めての食事は、静かではあったが柔らかく心地の良いものとなった。
食事を終えて店を出た。ふたりはまだ、お互いの間隔を縮めることは出来なかったが、今度は前後ではなく横に並んで歩く。その方がお互いの様子が見やすかったのだ。
家の前に着くとドナは、佑麻にほほ笑み、方手を胸に当てて軽く膝を折った。
『ご馳走になって、ありがとう』
仕草の意味はすぐわかった。玄関の中へ消えようとするドナの背中に向けて、佑麻は初めて大きな声で呼びかけた。
「Could you call me again ?(また、連絡をくれるかい?)」
振り返ったドナも、今度は大きな声で答えた。
「You, Turn !(今度はあなたの番よ!)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます