第6話

 歓迎パーティーから何日か過ぎたある日。ドナは、走るバスの窓から外をぼんやり眺めていた。


 日本には、「四季」というものがあるそうだ。それぞれの季節によって景色が変わるというが、四季の無い国から来たドナには想像ができなかった。自分の滞在は短期間だから、季節のすべてを体験することができない。それが残念でならなかった。


 やがてバス停に着き、ステップを降りると小さな花束を持ったひとりの若者が視界に入った。その首元のチェーンについたリングの光を見た瞬間、ドナはパーティーの夜のことを思い出しその体が硬直した。恐れというよりは、驚きで心臓が高鳴る。

 その若者が一歩近づくと、弾かれたようにドナは大学の門へ走り出したが、若者は追ってはこなかった。


 翌日の朝もその若者は、バス停に立っていた。すでにドナはバスの窓から彼の姿を確認していたので、今日は一瞥もくれず足早に学舎へ急いだ。

 一週間がすぎ、土日をまたいでも同じことが続くと、ドナは不本意ながら自分の生活リズムを変えざるを得ないと感じていた。

 翌朝は、いつもより1時間早いバスに乗ったが、それでも彼の姿をバス停に見つけた時は、嫌悪というよりは、僅かではあるが敬意のようなものを感じた。

 

 ある朝、ついにドナは意を決して、彼の前に立ち初めて彼の姿を正視する。

 少し茶がかった髪は、ワイルドに整えられ、肌の白さとグレーに透きとおった瞳の色は、彼は生まれながらに色素が足りなかったのだと思わせる。黒く光る髪と瞳を持つドナとは好対照だ。比較的長身で素直に伸びた手足は、しっかりとした体幹に支えられ、子供の頃から栄養摂取に恵まれていたことがわかる。ドナを軽々と抱きかかえた柔軟な筋肉は、白いポロシャツの上からもうかがえる。

 少し切れ長の涼しい目元は、今はちょっと伏し目がちで、なかなか言葉を言い出せない気持ちが読み取れる。小さな花束を持つ綺麗な指先は、触るととても柔らかそうだ。

 こんないい男は、国では滅多にお目にかかれない。それにしても…なんてみずみずしい唇をしているのか。

 観察が妄想へと変化しそうになった時、ドナは彼のことばで我に返る。聞き覚えのある声だった。


「I just want to apologies what happen last time.…(この前のことでお詫びしたいのですが…)」


 その言葉が合図であったかのように、ドナは何も答えず踵を返して足早に校門へ向かう。

 今度も彼は動かずに、そのままドナの後ろ姿を見送っていた。

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