462 婚姻に向けて (3)

「よく解らないが、ナオが覚悟を決めたということで良いのか? おめでとう」

「おめでとうございます、ユキさん、ナツキさん。それにナオさんも」

 俺とトーヤの腹の探り合いとは裏腹に、無垢な笑みで祝福してくれるリアにメアリも続き、ミーティアが自慢げに鼻の穴を膨らませた。

「やっぱりミーの言った通りなの。ミーには判ってたの!!」

「いや、あの時点では……まぁ、いいか」

 それは違うと反論しようかと思ったが、今更であり、俺は話を変える。

「それよりも飯にするか。ミーティアも焦れているみたいだし?」

 俺のその言葉に応えるように、ミーティアのお腹が「きゅぅ」と鳴く。

「そ、そんなことないの。ミーは我慢できるの!」

 慌てたようにお腹を押さえて首を振ったミーティアだったが、湯気を立てているテーブルの上の料理を見て、迷うように付け加える。

「――でも、冷めちゃったら勿体ないの」

「ふふっ、そうね。折角作ったんだし、私たちも温かいうちに食べてほしいわね」

「それじゃ、話の続きは、食べながらしようか」

「「「いただきます」」」

「い、いただきます」

 俺たちが声を揃えると、リアも少し戸惑いがちにそれに続き、料理に手を伸ばす。

 聞いたところ、リアの家には食事前に祈るような習慣はないそうだが、だからといってすることに抵抗もないようで、俺たちが『感謝を表す風習のようなもの』と説明すれば、『そうか』と普通に受け入れてくれている。

 ちなみに敬虔な宗教家の中には、スープが冷めるほどの時間をかけて祈る人もいるようで、『それに比べれば問題にもならない』とのこと。

 さすがにそんな人は極僅かなようだが、上流階級には軽い祈りを捧げる人も案外多いようで、俺たちの行為にも特に違和感はないようだ。

「やはりハルカたちの料理は美味しいな。ウチの料理人に勝るとも劣らない――いや、贔屓目なしに見れば、ハルカたちの方が上だな」

「そうなの? ありがとう。でもさすがは侯爵家、専属の料理人がいるのね」

「立場上、食事会などを主催することも多いからな。母上も料理はできるが、普段は作らないんだ」

「侯爵家ともなると、そうだよねぇ。ちなみに、リアは?」

「恥ずかしながら……。私も練習するべきだろうか?」

「オレはリアが作ってくれたものなら、文句は言わねぇぞ?」

「ありがとう。だが、文句を言わないことと、不満がないことは別だろう? かといって、男爵家では料理人を雇うような余裕はないだろうし……。お前たちが賜る予定の領地について詳しくはないのだが、食べに行ける料理屋など、ないよな?」

 詳しくはなくても多少は聞いているのだろう。

 無理だろうと思いつつも、薄い期待に縋るような目を向けるリアに、ユキとナツキが困ったように笑う。

「あはは。あると思う? ダンジョンの周辺の土地だよ?」

「当然ですが、人なんて住んでいません。ましてや料理屋なんて」

「そうか。そうなると、保存食を買い込んでおくぐらいしか……」

 なんだか不穏な言葉を呟くリアを見て、ミーティアが悲しそうに眉尻を下げた。

「……ミー、養子になるなら、ナオお兄ちゃんの方が良いかも、なの」

「こ、こら! ミー!」

 メアリが慌ててミーティアを叱るが、食べることが好きなミーティアからすれば、三度の食事がハルカたちの極上料理から、大して美味くない――いや、はっきり言ってしまえば、かなり不味い保存食に変わるかどうかの瀬戸際。気になるのも当然だろう。

「ふふっ、どうするかは、近いうちに決めないといけないけど、美味しい食事は重要よね」

「でも、リアさんとトーヤくんが結婚しても、当面は共同生活になるんじゃないですか?」

「だよねぇ。新しい領地に住むことになっても最初は余裕がないだろうし、屋敷を二つも作るのは……リアにその気があるなら、その間に料理を覚えればいんじゃないかな?」

「是非頼む。この料理に慣らされたトーヤと暮らすことを考えると、私もそれなりの料理を作れるようにならないと、愛想を尽かされかねない」

「いや、オレが愛想を尽かすなんて、そんなことは……」

「ないと言えるか? 仮に、ラファンで最初に食べた屋台の料理、あのレベルの食事が毎日続いたとしても」

「うぐっ。それは……」

 フォローしようとしたトーヤの肩を俺がポンと叩くと、トーヤはあの時の衝撃を思い出したのか言葉に詰まる。

 トーヤからすれば、獣耳・尻尾は七難隠すかもしれないが、それにしたって限度はあるだろう。

 一日三回の苦行が一生続くようでは、とてもじゃないが温かな家庭とは言い難いだろうし、トーヤは我慢できても子供が可哀想すぎる。

 ここでは、レトルトやスーパーの惣菜で賄うこともできないのだから。

「もちろん、トーヤの方が料理を学ぶ方法もあるだろうが――」

「それは止めてくれ! 剣技に続き、料理にまで負けたら私の立場がない!」

 俺の言葉をリアが慌て気味に遮れば、トーヤも苦笑して頷く。

「料理をするのは別に構わねぇけど、正直に言えば俺もリアの手料理は食べてみたいな。嫁の手料理にはやっぱり憧れとかあるし……リア、頼めるか?」

「そ、そうか! うん、任せてくれ。頑張る!!」

 トーヤの率直な言葉にリアは頬を染め、グッと手を握った。

「ふふっ、折角ですしミーティアちゃんも一緒に練習しますか? 自分で美味しい料理が作れたら――」

「やるの! ナツキお姉ちゃん、よろしくお願い致します、なの!!」

 ミーティアが椅子から腰を浮かせて食い気味に参加表明すれば、メアリもまた、少し慌てたように手を挙げた。

「あの! 私も良いでしょうか? いつまでもナツキさんたち任せじゃなく、私も一人で料理が作れるようになりたいです」

「はい、構いませんよ。料理ができると、将来的にも役に立つと思いますから」

 美味しい料理を作れることは、それだけでも財産だ。

 しかも冒険者の戦う技術とは違い、年を取っても使えて、奪われることのない財産である。

 ラファンの屋台の多くは引退した冒険者がやっているそうだが、その味のレベルは酷いもの。

 今のメアリの調理技術でも十分以上に戦えるだろうが、更に腕を上げれば商売敵にすらならないだろう。

 もっとも、養子として貴族になるのであれば、引退後の心配をする必要はないのだろうが。

「さて。食べながらで良いから、今後の予定について話そうか」

 俺が少し口調を改めると、全員の視線がこちらに向く。

 それに俺は頷き、リアに顔を向けた。

「リア、判る範囲で構わないから、やるべきことを教えてくれるか?」

「もちろんだ。父上が私をこちらに寄越したのも、それが理由だろうしな」

 個人的な用事はともかくとして、授爵に関わること、そして貴族になったときに必要なことなどは、俺たちではさっぱり判らない。

 当然ながら常識的知識でもないので、ハルカたちの【異世界の常識】のスキルもまったく当てにはできないのだ。

「やるべきことは色々あるが、まずは王都に行く前に終わらせておくべきことと、授爵した後でも問題ないことで、分けて考えるべきだろうな」

「時間的制約を考えれば、そうなるか」

 国王が関わる授爵の式典の予定日は、俺たちの事情で動いたりはしない。

 であるならば、その時までに終わらせるべき仕事を、先に片付けておかないとマズい。

 必ずしも望んだ授爵ではないが、準備不足で迷惑を掛けることなど、あってはならない。

 慣れない貴族社会に、いきなり好感度マイナスから突っ込む理由なんてないのだから。

「ねぇ、リア。一応、最初に確認しておきたいんだけど、リアとトーヤの婚約は正式に認められたということで良いのよね?」

「そうだ。現当主である父上が認め、生母である母上と次期当主である兄との顔合わせも無事に済んだ。これが覆ることはない。――トーヤの授爵が白紙にでもならない限りな」

「不穏な一言!? え、あり得るのか?」

 声を上げて目を丸くしたトーヤに、リアは苦笑を浮かべて首を振る。

「お前たちが余程おかしなことでもしない限りないから、安心してくれ」

「そうか! よかったぜ。あれだけ頑張って、更に顔合わせまで乗り切り、やっとリアと結婚できるってのに、破談とかシャレにならねぇからな!!」

 やや大袈裟に安堵の息をつき、胸を撫で下ろすトーヤに全員が笑いを漏らす。

「ふふふ、取りあえず婚約は確定ということね。それでリア、そのことで訊いてみるんだけど、結納金って必要ないのかしら?」

「あぁ、そういえば、それがあったな」

 昨日の顔合わせでは求められなかったし、言い出すタイミングもなかったが、出して当然のものを出さなかったとしたら、今後のマーモント侯爵家との付き合いにも支障が出る。

 そう思ってハルカは訊いたのだろうが、尋ねられたリアの方は不思議そうに小首を傾げた。

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