463 婚姻に向けて (4)
「結納金? ただの冒険者であるトーヤが、侯爵家であるウチにか? 貧乏な貴族が金目当ての結婚をするならともかく、今回は必要ないと思うぞ?」
裕福な商人が箔付けや人脈目当てに、お金に困っている貴族から嫁をもらう。
そんなときには、結納金という形で多額の援助が行われるそうだが、トーヤとリアの結婚は違う。
平民と高位の貴族という立場の違いを考えれば、貴族の方が平民からお金を貰うということは、通常はあり得ないらしい。
「ウチは大丈夫だろうが、下手をすれば、『マーモント侯爵家がお金に困っている』みたいな妙な噂を立てられかねないからな」
「なるほど、そういう事例があるからこそ逆に、ってことなのね」
「でも、リアと実際に結婚するときには、トーヤも男爵になっているんだろ? その場合はどうなんだ?」
事前に婚約が決まっていたとしても、形式的には貴族同士の結婚。
それは問題にならないのかと問えば、リアは顎に手を当てて考え込み、迷いを見せる。
「む、婚約時は平民、結婚時は貴族の場合か。必要ない気もするが……」
判断が難しいのか言葉尻を濁すリアに、ナツキが小さく首を振った。
「仮に必要なくても、出すことに問題がないのであれば、出しておくべきでしょう」
「そうか? 侯爵という立場を考えれば、トーヤからもらった結納金は、そのまま私の支度金に上乗せされるだけだと思うぞ?」
「支度金……そんなのがあるのか、リア?」
「トーヤ、これでも私はそれなりに大事にされているんだぞ? 当然だろう? 侯爵家の外聞を考えても、相応しいだけの支度金は持たされるに決まっている」
正直なところ忘れがちだが、これでもリアは大貴族の姫。
大人数での輿入れ行列が行われても、おかしくはない立場である。
さすがに今回は、状況的にそれが行われることはないようだが、支度金として現金や貴金属、必要に応じて世話役や護衛などが付けられることは当然のことらしい。
「人員については、お前たちが求めない限り無理に出してはこないだろうが、その分、十分な資金は渡されると思うぞ?」
「であるならば尚更ですね。今後貴族社会に属することを考えると、トーヤくんが興す家への攻撃材料は、可能な限り少なくした方が良いと思います」
結納金が必要か、必要でないか。
そのあたりのマナーが曖昧なのであれば、新興貴族を攻撃したい界隈から『結婚するのに、結納金も出さなかった礼儀知らず』と言われる余地がないとはいえない。
そのようなリスクを取るぐらいなら、出せるお金は出しておくべきだろうし、それが戻ってくるなら出さない理由がない。
そう主張したナツキの意見に反対する余地はなく、リアも納得したように頷く。
「そういうことであれば受け取ろう。だが何というか、ナツキは平民とは思えないくらい、貴族的な考え方をするんだな? 貴族の出なのか?」
「え? ははは……えっとそれは……」
ナツキが少し困ったように乾いた笑いで言葉を濁すと、リアは慌てて首を振った。
「あっ、言いたくないなら、別に言う必要はないぞ? 元貴族なんて、そんなに珍しいことじゃないからな!」
「ん? そうなのか?」
「うむ。この国の貴族の仕組みは昨日、軽く聞いただろう? 本人が爵位を持っていた元貴族はさすがに多くないが、『数代遡れば、親類のどこかに貴族がいる』という平民は、それなりに多い。私だって、爵位持ちと結婚できなければ平民になるわけだしな!」
実際のところ、侯爵家の娘が貴族と結婚できないなんてことはまずないが、子爵、男爵あたりになってくると、平民に嫁ぐこともそう珍しくはない。
ついでに言うなら、男の場合は更に厳しく、数少ない跡取り息子がいない貴族家への婿入りを狙うか、授爵されるほどの功績を自分で残すしか貴族位を維持する方法はないらしい。
「だが婿入りも、実家の爵位が高い方が有利だ。子爵、男爵の次男以降となると、あまり現実的ではないんだ」
「なるほど……。結構厳しいんだなぁ、貴族でも」
「そうだぞ? だからこそ貴族の子弟は頑張って勉強して官僚を目指したり、武術の腕を上げて国や貴族の騎士団入りを目指したりするんだ」
「騎士……騎士爵とは違うんだよね?」
尋ねるユキに、リアは「うむ」と頷く。
「そうだぞ。騎士爵を持つ騎士はいるが、騎士になれたら騎士爵を与えられる、というわけではない。ウチのように、領地貴族が抱えている騎士団もいるわけだしな。だが、国の騎士団は爵位持ちも多いし、当然だが騎士爵以上の貴族もいる」
「それは、官僚も同じ?」
「もちろんだ。国の中枢に近ければ爵位持ちが多いし、爵位持ちでなくとも、そこまでの地位を与えられる者であれば授爵されることもまた多いのだが……やはり、簡単なことではないな」
リアはそう言葉を付け加えると、渋い表情を浮かべて頭を振った。
「だから、すぐに諦めて努力せず、実家から捨て扶持を与えられて自堕落に暮らす者も少なくないだ。残念なことにな」
「なるほど。子供の教育が大事ということですか」
ナツキがコクリと頷き、俺に微笑みを向ける。
「私たちも気を付けないといけませんね、ナオくん?」
「そ、そうだな? うん」
ナツキの言葉の意味することに俺は少し動揺。
それを隠すように席を立つと、部屋の隅に置いてあった鞄からお金が入った袋を取り出して、テーブルの上に置いた。
「それじゃリア、これが結納金だが……マーモント侯爵家まで持参した方が良いか?」
届けるだけならまだしも、相手は貴族。
結納金の受け渡しとなれば、結納式のような手続きが必要かもしれない。
しかし、それはそれで面倒な――という気持ちが表情に出ていたのかもしれない。
「いや、私が預かろう。結納の儀式など、したくはないだろう?」
リアは苦笑しながら「確かに」と受け取り、だがすぐに「うん?」と首を捻った。
「――何でナオが渡すのだ? 家族なら判るが、トーヤとナオに血の繋がりはないよな?」
「あー、それは……」
何気なく渡してしまったが、家族ならともかく、結納金を友人たちからの借金で賄っているという事実は、あまり外聞がよろしくない。
どう誤魔化すかと迷っていると、俺が口を開く前にトーヤがリアに向かってガバッと頭を下げた。
「すまん! リア、正直に言うとオレ、今は金がないんだ。結納金もナオたちからの借金で……」
「そ、そうなのか!? ならば余計に、無理をすることはなかったのだが……」
そう言って、戸惑った様子のリアだったが、すぐに首を振って言葉を続けた。
「だが、考えてみれば当然か。ここしばらく、トーヤは欠かさず道場に来ていたものなぁ。冒険者がそれだけの間仕事をしなければ、お金がなくなるのも当然か。――奥義の修得では、私もかなりのお金を使わせてしまったしな」
特殊で高価な木剣を、トーヤから何本も貰ったことを思い出したのだろう。
リアが少し気まずそうに視線を下げるが、すぐに「だが!」と顔を上げた。
「しばらくすれば私の支度金として戻ってくる。きちんと返すから、ナオたちは心配しないでくれ!」
頼もしくも胸をポンと叩いて大きく頷くリアに、トーヤは逆に慌てて首を振った。
「いやいや! さすがにそれはねぇよ!? オレは自分で返すぞ? 冒険者の仕事を再開すれば、十分に返せる額だしな」
「ま、結納金を支度金で返済するのは、あまりにも情けないよねぇ~」
ユキが「くくく」と笑うと、ハルカとナツキもまた苦笑を浮かべる。
「同意。だけど、しばらくは忙しそうよね」
「授爵した後、どうなるかですよね。あの辺りの状況を考えたら、冒険者稼業と並行して、少しずつ整えていくことにはなると思いますが……」
以前と同じように仕事をするのであれば、トーヤの借金返済はあまり時間をかけずに終わることだろう。
だが、領地開発と並行してとなれば、そちらにも資金を投入する必要があるし、冒険者として活動できる時間も限られる。
必然的に各自の取り分も減るわけで、借金の返済にも時間がかかるだろう。
「俺としては、ご祝儀としてチャラにしてやっても良いと思うけどな」
結納金として渡した金貨一〇〇〇枚の内訳は、メアリとミーティアが一〇〇枚ずつ、トーヤを除いた俺たち四人が二〇〇枚ずつ出して集めたもの。
日本円なら、一人当たり二〇〇万円ぐらいのイメージなので、友人のご祝儀として出すには破格だが、俺たちの今の稼ぎやトーヤの頑張りなどを考えれば、『それぐらいは負担してやっても良いかな?』と思えなくもない額。
俺が相談するようにハルカたちに目を向ければ、彼女たちもまた少し考えて俺に同意するように頷くが、トーヤの方が慌てて首を振った。
「いやいや、そんな大金、受け取れねぇよ! それにご祝儀だとしても、一〇歳そこそこの子供から金貨一〇〇枚を巻き上げる大人ってどうよ!?」
「トーヤさん、大丈夫ですよ? 今は十分に余裕がありますし……」
「ミーも別に構わないの。トーヤお兄ちゃんには助けてもらってるの。困っているときはお互い様なの」
「尚更受け取れねぇ……」
健気なことを言うメアリたちに、トーヤが情けない表情になって肩を落とす。
まぁ、結構金持ちになっているとはいえ、二人は子供だしなぁ……。
「なら、俺たちだけ――八〇〇枚にしとくか?」
「それもダメだ。大金持ちならともかく、友人へのご祝儀に金貨二〇〇枚はねぇだろ? さすがのナツキですら」
トーヤに視線を向けられ、ナツキは顎に指を当てて小さく頷く。
「まぁ、一本ぐらいでしょうか……?」
ちなみにナツキ界隈では、『一本』は一〇〇万円をさすらしい。
俺の周りでは三万円ぐらいが相場だったので、さすがにナツキの家は桁が違う。
――って、つまりナツキ基準でなら、金貨二〇〇枚はそうおかしくもないのか?
「第一、オレがご祝儀を出すときに死ぬだろーが。金貨六〇〇枚も出せねぇぞ? すぐには」
「六〇〇枚……?」
俺が『何のことだ?』と首を傾げると、トーヤはジト目で俺を、そしてハルカたちを見た。
「ナオは三回結婚することになるだろうが。それも近々。自分は貰っておきながら返さないなんて非常識じゃねぇぞ、オレは」
「あぁ、そういう……」
結婚のご祝儀として渡したと考えれば、そうなるのか。
「でも、あたしたちは全員、ナオと結婚するんだから……やったね、トーヤ。八〇〇枚貰って、六〇〇枚返すんだから、二〇〇枚お得だよ?」
「なるほどね。この組み合わせだと、そうなるわね」
「でも、結婚式を一緒にやった場合は、どうなるんでしょうか……? ご祝儀は三回分? それとも一回分? 一回分なら六〇〇枚もお得ですね」
そう言ってナツキがニコリと笑うと、トーヤは疲れたようにため息をついた。
「いや、お得とか、そういう問題じゃねぇだろ……。取りあえず普通に返すから、すまねぇけど、借金とさせてくれ」
「まぁ、トーヤがそう言うなら、拒否する理由もないか。催促なしのあるとき払いで良いぞ」
「助かる。正直、見通しが立たねぇし」
「これからしばらくは、支出が増えそうだしなぁ……」
王都に行くまでの旅費……は、俺たちの場合はそこまででもないだろうが、王都での滞在費は確実に他の町よりも多く必要だろう。
それに加えて、仕事をするような時間的余裕があるかも不明。
既に財布がほぼ空になっているトーヤとしては、不安で仕方ないだろう。
だが、普段の生活費は共通費から出しているし、そちらに関してはまだ余裕がある。
無駄な買い物をせず、生活するだけならトーヤも別に困りはしないはず。
――と、思った矢先、リアがふと思い出したように口を開いた。
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