447 トーヤくんの卒業? (3)
「結婚前の顔合わせ、じゃないわよね」
「親族じゃないから、それはないだろうなぁ……」
もちろん、トーヤのことは親友と思っているし、こちらの世界に親族のいない俺たちにとって、パーティーメンバーは既に家族のようなものであるが、それは俺たちの間だけの話。
他人から見ればただの仕事仲間である。
結婚式や披露宴に呼ぶことはあっても、結婚前の顔合わせに呼ぶことはまずないだろう。
にも拘わらず呼ばれたということは……。
「これは、今後についての話し合いで決まりでしょうか?」
「かもなぁ。最低でも『当然、この町に拠点を移すんだよな?』ぐらいは言われるんじゃないか?」
「もしくは解散する前に、私たちに一言挨拶をしてくれるとか?」
「その場合は、この会が本当にトーヤのお別れ会だった、という結末? トーヤ、元気でね!」
「トーヤお兄ちゃん……今までありがとうなの!」
「トーヤさん、お疲れさまでした。今後は、私が前衛で頑張ります!」
「結論が早い!! この町で頑張るって選択肢もあるよな!? 一考の余地もなし!?」
いきなりお別れムードのユキ、ミーティア、メアリの言葉にトーヤが目を剥くが、ミーティアの返答は明快だった。
「お肉がたくさん食べられるラファンが良いの!」
娯楽の少ないこの世界、美味しい食事は生き甲斐である。
普通の冒険者なら、これに加えて酒と女(もしくは男)といったところだろうが、そのいずれも嗜まない俺たち――トーヤは除く――からすれば、食事の重要性はかなり高い。
故にトーヤも、メアリの言葉を否定できず、ため息をついた。
「解る。ハルカたちがいれば、飯も美味いしなぁ……」
「まぁ、状況次第では、別の可能性もあるかもしれないけどね」
そう言って肩を竦めたハルカに、トーヤが問うように視線を向けた。
「……というと?」
「それはもちろん、『やはりリアに相応しくない!』って、破談になる可能性」
「それも困る!」
ハルカが「ふふふ」と笑ってそんなことを言えば、トーヤは慌てたように声を上げた。
リアとの結婚に際して、師範から出された条件はクリアしたトーヤではあるが、考えてみれはそれは必要条件であり、十分条件ではない可能性がある。
つまり、破談になることも考えられなくはないのだが……。
「ハルカ、意地悪を言ってやるなよ。皆伝になったんだし、いきなりそれはないだろ」
「いきなりじゃなくて、話し合いの結果によっては、よ。さっきミーティアが言っていたけど、稼ぎと人柄は重要。強さは認められたけど、そちらでは落第となるかもしれないでしょ? メアリだってそう思うわよね?」
ハルカに同意を求められ、メアリは困ったように笑う。
「えっと、今はそうでもないですけど、以前なら一番大切だったのは、稼げるかどうかだと思います」
「ミーはもう、自分で美味しい物を食べられるの!」
「ミーティアは最初、トーヤに『養って』って言ってたもんねぇ」
「今のミーは、トーヤお兄ちゃんがいなくても大丈夫になったの!」
ユキが最初に出会った時のことを口にすると、ミーティアは自慢げに胸を張った。
そんなミーティアを見て、なんだか複雑そうな表情なのはトーヤである。
「ふふ、じゃあミーティアちゃんは、もうトーヤくんと結婚したいとは思ってないんですね?」
「ミーは、人の恋路を邪魔するつもりはないの! 略奪愛は不毛なの!」
ピッと手のひらを突き出して首を振ったミーティアに、メアリがやや呆れ気味にため息をつく。
「ミー……そんなこと、どこで覚えてきたの?」
「シャリアたちが言ってたの。ナオお兄ちゃんを落とせないかな、って」
ミーティアが笑顔で放ったのは、シャレにならない言葉。
ちょっとおしゃまなミーティアの話を、微笑ましそうに聞いていたハルカたちの視線が鋭くなり、俺にグサリと突き刺さる。
「ナオ……何かしたの? まさか、泊まり掛けで依頼を請けた時に……」
「な、何もしてない! 冤罪だ!」
「本当に……? メアリ」
慌てて俺は首を振るが、ハルカは問いかけるようにメアリに話を振り、俺はじっと彼女を見る。
――全然問題はないはずだが、一応な!
意図しない形で、何かしている可能性もゼロじゃないから!
そんな俺とハルカの間で視線を彷徨わせたメアリは、気圧されるようにプルプルと首を振った。
「べ、別に特別なことは。でも、一緒に依頼を請ければ、ナオさんの優秀さは判りますから。冒険者なら恋人にしたいと思うのは当然だと思いますよ?」
「大丈夫なの。ハルカお姉ちゃんの他に、ユキお姉ちゃんとナツキお姉ちゃんもいるから、絶対無理って言っておいたの!」
「ミーティア!?」
――助け船のつもりかもしれないが、微妙すぎる!
下手に乗っかれば座礁しかねないそれに俺は思わず声を上げたが、言及されたナツキは機嫌良さそうにミーティアの頭を撫でた。
「ミーティアちゃん、偉いです」
「当然なの! ナツキお姉ちゃんたちには恩があるの!」
「いや、俺の彼女はハルカだけなんだが……」
「そんな! ナオ、あたしを捨てるの!?」
航路を修正しようと至極当然なことを言った俺に、ユキがわざとらしく縋り付くが、俺は毅然とそれを振り払う。
「捨てる以前に拾ってない! ハルカも何か言ってやれ!」
――一途な俺、カッコイイよね?
そんな想いを込めてハルカを見るが、彼女は少し考えるように沈黙した後、予想外の言葉を口にした。
「……別に良いんじゃない?」
「ハルカ!? え、俺が捨てられるの?」
味方に船から突き落とされた気分。
俺が慌てて手を伸ばせば、ハルカは俺の手を握って苦笑する。
「そうじゃなくて。もちろん私にも独占欲はあるし、諸手を挙げて賛成とは言えないけど、反対もしにくいのよねぇ。強奪のことを考えると」
「む……」
寿命か。
以前の話から、ナツキとユキが【スキル強奪】を使われたことはほぼ確実。
それによって寿命が延びたことは幸運とも言えるが、結婚するとなるとそれがネックとなる。
説明して受け入れてもらえれば良いが、拒絶されたり、あまつさえ妬まれるようなことでもあれば、結婚しようかと思う相手なだけにダメージが大きい。
そう考えれば、なかなか普通の恋愛をすることは難しいところだろう。
元クラスメイトであれば話も変わってくるのかもしれないが、今となってはどれほどの生き残っているのか、そして出会うことができるのか……。
「それに実利面でもね。私とナオはエルフだから、現役時代が長くなるでしょ? 普通なら適当な時期にパーティーを解散して二人で活動を続けるか、別の人を入れるか。でもナツキとユキなら、たぶん私たちの引退まで付き合ってもらえる」
「それと結婚は――」
別問題と言おうとした俺の言葉を遮り、ハルカは言葉を続ける。
「私たちが冒険者を辞めるとき、『私とナオは幸せな結婚生活を送ります。ナツキとユキは勝手にしてね』って言うの? 私たちに付き合わせておきながら」
「さすがにそれは酷いと思うなぁ、あたしとしては」
「ですよね。その頃の年齢を考えると」
ハルカだけではなく、ユキとナツキからもジト目を向けられ、俺は言葉に詰まる。
この世界の女性の結婚適齢期は二〇代前半まで。
冒険者など、一部の女性はそれより遅いこともあるが、それでも三〇代までだろう。
それに加え、寿命のことをさておいても、冒険者をしながら結婚相手を探すのはなかなかに難しいという現実がある。
男の冒険者なら、稼ぎさえ良ければなんとかなるのだが、女の冒険者の場合、出産を考えると冒険者を辞めざるを得ず、稼げる男を捕まえるしかない。
けれど、そんな男は引く手数多であり、わざわざ冒険者を伴侶に選んだりはしない。
結果として大半の冒険者は冒険者と引っ付くのだが、俺たちと一緒にパーティーを組んでいると、そんな出会いの機会も少なくなるわけで。
「……そう言われると、拒否しにくいなぁ」
ナツキたちのことが嫌いというわけではないだけに。
「冒険者活動以外の点でもメリットはありますよ? 私たちには親族がいませんから、子育ても大変ですが、三人いれば色々と分担できます」
「任せて! ちゃんとサポートするよ! みんなで育てようね」
「時期をずらせば、働きながらでも子供を産めるわよね」
「医療環境を考えても、高齢出産は避けたいですしね。合理的に考えても悪くないと思うんですが、ナオくん、どうですか?」
「う、そ、そうだな……?」
子育て。その意味することを想像し、俺は顔が熱くなり、図らずも吃ってしまう。
「照れてる?」
「照れてるわね」
「これは、あと一押しっぽいですね」
俺をじっと見つめて、ハルカたちはにんまりと笑った。
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