448 トーヤくんの卒業? (4)

「うぅ……というか、メアリとミーティアがいる前で話すことか? 教育に悪いだろ!」

 美少女と言っても過言ではない三人から迫られ、俺は逃げるようにメアリたちに顔を向けるが、二人は不思議そうに首を捻った。

「えっと、何が、でしょうか? 普通だと思いますけど……」

「ナオお兄ちゃんなら、お嫁さん三人ぐらい、もらって当然なの!」

 うぐっ。そうだった。

 この世界、稼げる男は複数の妻を持つことが普通だった。

 危険も多いので男の数が減りやすいのに加え、自分一人が生きていくだけで精一杯という程度しか稼げない人も多い。

 元の世界でも給料が安くて結婚できない、なんて話は聞いていたが、こちらではその比ではない結婚格差社会である。

 理論的反論に鼻白む俺の肩を、トーヤがニヤニヤ笑いながらバシバシと叩く。

「良かったな、ナオ。モテモテじゃないか。はっはっは!」

「お前なぁ~! つーか、話がずれてる!! 俺じゃなくて、お前の話だっただろ!」

 ポンポンと肩を叩くトーヤを睨めば、トーヤは飄々として肩を竦めた。

「お、逃げるのか? 今逃げても、近いうちに向き合うことになると思うぞ? きっと」

「逃げてない! むしろお前が、三日後に迫った家族との顔合わせに向き合え! そして、『お前なんかに娘は任せられん!』と言われてしまえ!」

「ぐがっ! ひでぇ!! さっきはフォローしてくれたのに!」

「ふふん、自業自得だ。ナツキとユキもそう思うだろ?」

 呻くトーヤを鼻で笑いながら、ナツキたちに目をやれば、二人は顔を見合わせて少し困ったようにトーヤを見た。

「……まぁ、すんなりとはいかないでしょうね、とは」

「むしろ、顔合わせしてからが本番じゃないかな? トーヤ、将来の見通しは? 向こうの家族になんて説明するの? 収入は? 貯蓄は?」

「そ、それは……今後、冒険者で稼ぐ?」

 トーヤが暫し沈黙して漏らした言葉に俺はため息をつき、メアリに尋ねる。

「なぁ、メアリ。結婚相手の職業として、冒険者ってどう思う?」

「え!? そ、その……ゆ、夢があります、よね?」

「正直に」

 困ったように視線を逸らしたメアリに重ねて問えば、彼女は躊躇いながらも口を開いた。

「……お父さんは、『冒険者とだけは結婚するな』って言ってました」

「だよな? これが世間一般の認識だよな?」

「そうよね、やっぱり。ランク六だから、多少はマシだと思うけど……」

 他の仕事に就けない人がなる職業、それが冒険者。

 もちろん冒険者もピンキリだが、その多くは稼いだ金で酒を飲み、寝て、また稼ぐという、その日暮らしの微妙な立ち位置。結婚などできずに命を落とす。

 成功するのは本当にごく一部で、メアリの父の言葉は正論である。

「でもミーは、稼げるなら問題ないと思うの」

「なら……これまでの成果を誇れば良いのか?」

「冒険者の自慢話なんて、むしろ逆効果だよ。少しでも印象良くしないと!」

「印象ねぇ……賄賂?」

「「「それは絶対に違う」」」

 トーヤのボケに全員が揃ってツッコむが、ナツキが少し考えて、ハッとしたようにトーヤを見た。

「……あの、ふと思ったのですが、結納金は必要ないのでしょうか?」

「それって、新郎が新婦の家に渡す金品だよな?」

「やっぱ、賄賂――」

「――じゃありません。ハルカ、ユキ、こちらの常識だと、どうなのですか?」

 トーヤの言葉を言下に否定し、ナツキが【異世界の常識】持ちの二人に尋ねる。

「そうね、社会的地位が高い場合は、出すこともあるみたいね」

「今回の場合は? トーヤはただの冒険者だが」

「道場を経営しているような家でしょ? しかもサルスハート流って、この町でも有名な流派みたいだし、払った方が良いんじゃないかな?」

「誠意を形として示すものだしね。それを勿体ないとか、払えないとか言うような男に娘は預けられないでしょ」

「確かに。親として結納金も準備できない男は嫌だよな」

 そういった風習がないのならともかく、一般的に行われているのなら、当然やるべきだ。

 それもできない男が、『結婚してから頑張って稼ぎます』と言ったとしても信用はなく、『稼げるようになってから結婚しろ』と言われるのがおち。

 トーヤの場合は十分に稼げるだけの能力はあるのだが、それを証明することは難しく、決まった給料がもらえるような仕事ではない以上、現時点でお金を持っていなければ、説得力には乏しいだろう。

「そういうこと。トーヤ、お金はどれぐらいある?」

「うぐぅ……」

 呻いて黙り込むトーヤに、俺たちは揃ってため息をついた。

「訊くまでもなかったわね。ナオに借金してるわけだし」

「ナオ……」

「言っとくが、俺は何も言ってないぞ?」

 トーヤから少し非難がましい目を向けられたので俺が首を振れば、ユキとナツキが苦笑する。

「あはは。あの木剣はあたしたちも訓練用に買ってるんだし、判るよ~」

「私たちの場合、収入が筒抜けですからねぇ」

 アウトプットにはばらつきがあるが、インプットはほぼ同じ。

 時々所持金の残りを聞く機会ものあるのだから、ハルカたちがトーヤの経済状態を把握するぐらい簡単なこと。

 それでいて大量の木剣を買っていれば、その金がどこから出たかなど、予想することは容易いだろう。

「ちなみに、結納金ってどれぐらいの額が必要なんだ? 多少なら貸してやっても良いんだが……」

 こちらの世界では当然として、元の世界でも結納金になんて縁のなかった俺は相場がさっぱり判らず、ハルカとユキに尋ねてみたが、二人とも揃って首を振った。

「残念だけど、そのあたりの知識は私の『常識』にもないのよね」

「うん、当然あたしも。の相場とかも知らないし……ナツキは?」

「私も直接的には縁がなかったですが、あちらでの知り合いは一〇〇〇万だったそうです」

 元の世界の話なので、一〇〇〇万レアではなく一〇〇〇万円なのだろうが……。

「……これは、参考にして良い値なのか?」

 お金持ちだったナツキの家の知り合いなのだ。

 庶民とは言い難い気がする――と言うか、結納を交わしている時点で、庶民じゃない可能性が高い。

「大きな道場の経営者なら、それなりの家格よね? 参考にしても良いんじゃない?」

「トーヤくん――というか、冒険者である私たちは家格としては最低ランクでしょうが、それでも出した方が印象は良いでしょうね」

「仮に一〇〇万レアとして、それだけのお金を冒険者が用意したとなれば、安心はしてもらえるかもな」

 冒険者ランクも実績ではあるが、お金を貯めているかどうかは別問題。

 ある意味、現金ほど判りやすい実績はない。

「なるほど、一理ある。だが……どうやっても、三日じゃ稼げねぇな」

「三日後だから、実質二日だからねぇ……。あ、でも、一人でダールズ・ベアーを二体も斃せばいけるね?」

「オレ一人で斃せるか! それはただの自殺だ!!」

 ダールズ・ベアーの売却益は、一体で五〇万レアを超える。

 一日1体斃せば、計算上は一〇〇万レアを稼げるワケだが、ダールズ・ベアーはその稼ぎに相応しい強さを誇る。

 戦ったのは随分前のことだが、さすがに今のトーヤであってもあの巨体と一人で戦うのは――。

「……いや、サルスハート流、皆伝のトーヤなら?」

「ねぇよ! 可能性は微塵もねぇよ!! 普通に死ぬから!」

「そうよね。さすがに二体はね。でも、エルダー・トレントなら、一体でもいけるわよ」

「いけねぇよ! 斃せる、斃せない以前に、見つけることも、売ることもできねぇよ!」

 うん、そうだな。

 以前斃したエルダー・トレントも、未だ売れてないしな。

「……そういえば、あのエルダー・トレントの分配金という形で、トーヤの結納金、俺たちが出してやっても良いんじゃないか?」

「あぁ、トーヤがパーティーから抜けるなら、それもありね」

「ですね。この町に残るなら、みんなで建てた家やダンジョンの権利なども、放棄してもらうことになるでしょうし」

「え、オレがパーティーから抜けるの、既定路線?」

「顔合わせの結果次第では? とても悲しいけど、あたしはトーヤの幸せを祝福するよ。涙を呑んでね。よよよ……」

「涙なんて、欠片も見えねぇ!」

 ユキがわざとらしく顔を手で覆い、トーヤが吼える。

「だが、お前がリアの方を優先するなら、自ずとそうなるだろ?」

「それは……そうなんだが」

 トーヤは親友だが、俺たちだって生活していかないといけない。

 当面の間ということならまだしも、ずっとこの町に居続けることは難しい。

「うぅ……オレはどうすれば……!?」

 頭を抱えるトーヤを見て、ハルカが肩を竦める。

「……ま、細かい話は、顔合わせが終わってからにしましょうか」

「そうですね。結納金にしても、三日後すぐにいうこともないでしょうし」

「そうだな。準備しても、トーヤがあっさり振られて杞憂に終わるかもしれないしな」

「当たって砕けろ、だね!」

「それを杞憂、言うな! 砕けたくねぇし、フラれたくもねぇ……」

 そう言ってテーブルに突っ伏したトーヤを慰めるように、ミーティアがその肩を叩き、ニコリと笑う。

「トーヤお兄ちゃん、大丈夫なの!!」

「ミーティア……!」

 力強いその言葉に、救われたように顔を上げたトーヤだったが――。

「成功したら『おめでとうの会』、失敗したら、『残念でしたの会』。どっちでも美味しい物が食べられて、損はないの!」

「ミーティアァァァ~~~!?」

 トーヤは情けない声を上げ、再び頭を抱えたのだった。

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