446 トーヤくんの卒業? (2)
場所は変わって台所兼食堂。
この家はラファンの家ほど大きくはないので、食堂と台所が一緒になっていて、あまり広くもない。
それでも俺たち全員が十分には入れるぐらいはあり、そこに置かれたテーブルの上にはハルカたちが腕を振るったご馳走が並べられていた。
「それじゃ、『トーヤ、合格おめでとう&これまでありがとう。新天地でも頑張って!』の会を始めます!」
パチパチと俺たちの拍手が響き、トーヤがニッコリと笑うが――
「ありがとう――って、ちょっと待てぇい! え、オレ、追い出されるの?」
途中で目を剥き、椅子から立ち上がった。
そんなトーヤに目を向け、ユキはコテンと首を傾げる。
「場合によっては?」
「なんで!? ナオのハーレムに男は不要って!?」
「それこそなんでだ! そんな趣旨の会とは俺も初耳だが……原因はお前だな」
何故か飛んできた流れ弾に反論しつつ、俺はビシリとトーヤに指を突き付ける。
「……オレ、何かした?」
「むしろ、何もしなかった。皆伝が得られてリアと婚約できたのは理解できたが、今後どうするつもりなんだ? 全然聞いていないが」
俺としては至極当然の指摘をしたつもりだったが、トーヤは不思議そうに俺を見返した。
「え? 当然これまで通り、やってくつもりだけど?」
「俺たちとパーティーを組んで、冒険者として?」
「冒険者として」
「リアも一緒に?」
「リアも一緒に」
トーヤは俺の問いにコクコクと頷くが、ハルカたちはやや困惑気味に顔を見合わせた。
「それ、リアとも話し合ったの?」
「えっと……それは……してない、かも……?」
「トーヤくん、それはどうかと思いますよ?」
「け、けど、リアもオレが冒険者ということは知っているし、一緒に来てくれると……たぶん、言っていた、ような?」
ハルカとナツキから向けられるやや厳しい視線に、トーヤの目が泳ぐ。
「なるほど。お前がきちんと話し合っていないことは理解した」
「トーヤ~、結婚したら、リアは当然のように自分についてくるもの、とか思ってないかな?」
「そんなことは――っ!」
軽い口調ながら、なかなかに厳しいユキの言葉に、トーヤが腰を浮かしかけるが――。
ぐぅ~~。
そんなトーヤの行動を制すように、音が響いた。
「……ミー、お腹減ったの」
その発生源はミーティアのお腹。
悲しそうにお腹をさするミーティアに場の空気が緩み、ハルカたちの表情もまた緩む。
「……まずは食べましょうか」
「そうですね。冷めたら勿体ないですし、頂きましょう」
「いただきます! ――っ! んん~~~!!」
言うなり、最初に動いたのはミーティア。
大きな肉の塊にフォークをグサリ。
小さな口で齧り付き、むしっと噛み千切ると、左手を頬に当てて身もだえする。
「久しぶりの、たっぷりのお肉なのぉ……」
そして、そんなミーティアほどではないが、メアリもまた「お魚♪ お魚♪」と嬉しげに呟きながら、魚のフリッターをパクパクと飲み込んでいる。
「そういえば、最近はやや野菜多めだったか。節約してたのか?」
「あー、うん。ほら、ここだと、肉や魚は簡単には手に入らないでしょ?」
この町に来てからの食事を思い起こし、尋ねた俺の言葉を、ユキが苦笑気味に肯定する。
「ラファンへの復路もありますから、基本的には市場で調達できる物で料理しているんですが、肉類はあまりないんですよ」
「なんか、競争率高め? お値段も高いけど。消費が多いからか、他の領地からの輸入も多いみたい。確か……オーク男爵領?」
「そっちは俗称。正しくは、オーニック男爵領ね」
ハルカが苦笑しながら、ユキの言葉を訂正する。
だがその俗称の通り、オーク肉の輸出が主産業の領地らしい。
「オーク男爵も大概だけどよ、オーニック男爵……お肉男爵?」
トーヤが眉根を寄せ、ポツリとそんなことを呟くが、俺は首を振った。
「……いや、それは俺も思ったが、偶然だろ? 言葉が違うんだし」
「どうかなぁ? こちらに来た人が、あたしたちが最初とは限らないよね?」
「そう言われると……可能性はありそうだな。アドヴァストリス様だから」
「「「うん(はい)」」」
安定の信頼性、アドヴァストリス様。
俺の言葉に、ハルカたちが揃って頷く。
さすがに日常的に人が転移してきているとは思わないが、自分たちだけが特別と考える根拠もまたない。
転移した人にとんでもないチートが付けられるなら話は別だろうが、俺たちぐらいの恩恵であれば影響も少なく、多少優秀な人ぐらいの範囲に収まると思われる。
「ま、オーニック男爵の話はともかくとして。市場には他のお肉も並んでいるんだけど、ラファンと比べると二倍ぐらいのお値段がするのよねぇ」
「それでもすぐに売り切れてしまうようですし……都会と田舎、物価の違い、賃金の違いもありますから単純比較はできませんが、ルーキーの冒険者は大変そうですよね」
「その分、お肉の買い取り価格も高いかもしれないけどね~。メアリ、そのへんはどうなの?」
比較的のんびりと仕事をしている俺たちに対し、メアリとミーティアはシャリアたちと組んで、比較的頻繁に仕事を請けている。
そのことをもあってか、ユキがメアリに尋ねると、彼女は少し困ったように苦笑した。
「えっと……実は売ったこと、ないです。私たちだとお肉は滅多に狩れないですし、狩れたときはシャリアさんたちと食べちゃうので……」
「でも、焼くだけの雑なお料理なの。そんなには美味しくないの」
狩れたとしてもせいぜい一食分。多少残った場合も、肉を買う余裕のないシャリアたちの食料となっているらしい。
「あ、でも、お肉を売らなくても生きていけるようになった、と言っていたので、それなりに高いのかも……?」
「それもなかなかに切ない言葉だな……。ナオたちは狩ったりはしないのか? 依頼は請けてるだろ? そのついでに」
「残念ながら、この辺は獲物があまりいないんだよ。獣人が多いせいか」
ラファンに比べて圧倒的に冒険者の数が多いことに加え、獣人には肉好きが多い。
そのせいか、タスク・ボアーやオークのように都合の良い食肉はそうそう歩いていない上に、避暑のダンジョンのように独占可能な狩り場も存在しない。
もしかすると、この周辺にも穴場があったりするかもしれないが、誰かに聞いたところで余所者の俺たちには教えてくれないだろうし、自分たちで探すにしても、定住するわけでもないのに労力に見合うかどうかは微妙である。
「てーことは、オレがこの町に残ることになれば、この美味い料理に加え、肉食べ放題ともお別れかぁ……」
「あぁ、さすがに俺たちよりも、リアの方を選ぶのか」
そのことに少しの寂しさも感じるが、結婚するのならそうなるのも当然。
むしろ、そうでなければいけないだろう。
「リアが強く望むなら、そうなるだろうな。オレの意志だけを押し付けるわけにもいかないだろ?」
「当然、リアと話し合う必要はあるだろうな。――本当に結婚できるのなら」
「おい!? 不吉なことを言うな!」
俺が付け加えた言葉にトーヤが眉をひそめて反論するが、ユキも俺に同意するように頷き、ニヤリと笑う。
「えー、当然の疑問だと思うけど? あたしなら、腕っ節だけの人とは結婚したくないし」
「で、でも、皆伝になったし……?」
「それは知っているが、本当にそれだけで認められるのか?」
トーヤからは『リアと揃って皆伝になれれば結婚が許される』とは聞いていたが、正直なところ俺たちは、話半分で受け取っていた。
これが、『付き合っていた二人が両親に挨拶に行ったら、皆伝を条件に出された』というのであれば別だが、俺たちからすれば『トーヤが獣耳目当てで道場に通い始めたら、突然結婚とか言い始めた』である。
本気で受け取るべきか、悩むのも当然だろう。
「稼ぎと人柄が重要なの。強いだけじゃダメなの」
「トーヤさんなら大丈夫だと思いますが……きちんと知ってもらえれば」
「実際のところ、家族の方はどう思っているんでしょうか? さすがにトーヤくんが冒険者であることは知っていると思いますが、それを許容しているのでしょうか?」
「もしかすると、リアと結婚するなら、冒険者を辞めて定住するのが当然と思っているかもしれないわね。どうこう言っても、危険で不安定な仕事だし」
「あー、その可能性はあるよね。皆伝を条件にしたのは、道場を任せるためだったり? リアの父親って、道場の師範なんだよね?」
「あり得るな。むしろ、自然とも言える」
「そうでなくとも、大きな道場を運営するぐらいの方であれば、他の安定した仕事を斡旋するぐらいのコネはあるんじゃないでしょうか」
そのあたりは聞いていないのかと、俺たちの視線がトーヤに集まるが、トーヤは気まずげに目を逸らした。
「……実は三日後、お前たちを連れて家にこいって言われてるんだ」
「「「………」」」
結婚予定者のパーティーメンバーを呼ぶ理由。
それに考えを巡らせて、俺たちは揃って沈黙した。
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