439 婚活 (3)
「待たせたな」
「もう良いのか?」
「あぁ、ちょっと今後の方針について話があってな」
「いや、同じパーティーで活動する以上、相談すべきこともあるだろうさ。気にする必要はない」
優しい笑顔で、とても聞き分けの良いことを言うリアに、俺の良心がちょっぴりチクチクする。
リアに貢ぐことを問題としていたとは、とても言える雰囲気でもなく、俺は慌てて話題を変えた。
「と、取りあえず、特殊な木剣ってのを見せてもらうことはできるか?」
「ん? あぁ、構わないぞ。ちょっと待っていてくれ」
ちょっと首を傾げて頷いたリアが席を外し、数分ほどで持ってきてくれたのは、形状としてはごく普通の木剣だった。
ただし使われている素材は、ウッドデッキに使われるハードウッドのような見た目の木で、無垢材ながら色も赤茶色でやや濃いめ。
手渡されたそれを叩いてみれば、カンカンとやや高めの硬質な音が響く。
「かなり硬そうだな」
「うむ。硬いぞ。うちの道場で使っている普通の木剣と比べれば、強度は圧倒的に上だ。素材としている木自体が異なるらしくてな」
「擬鉄木みたいな物か」
「さすがにそこまで硬くはないし、値段もずっと安いがな」
俺の槍の柄として長く活躍してくれた素材を挙げてみれば、リアは苦笑しつつ首を振った。
まぁ、擬鉄木なら、値段も一桁上がるか。
あれって木材自体が高い上に、加工にも手間がかかっているらしいし。
「しかし……これ、硬いだけじゃないな」
まず前提として、普通の木剣で岩を叩いても砕くことはできない。
擬鉄木で作った物なら可能かもしれないが、多少丈夫なだけのこの木剣で砕けるのは、脆く軟らかい岩だけだろう。
だが、この道場の師範はこの木剣で岩を真っ二つに砕いたという。
つまり、ただ力任せに殴ったわけではないということ。
それを実現できる方法として真っ先に思いつくのは、所謂“魔力剣”だろう。
通常、魔力を使って行う斬撃全般を魔力剣と分類するが、これに最も適していると言われるのがミスリルを用いて作った剣である。
だが、それ以外の剣では不可能かと言えば、決してそんなことはない。
例えば俺たちが今使っている属性鋼を使った武器でもそれに近いことはできるし、鉄板すら切るらしいミスリルの剣とは比較にならないにしても、魔力を込めて振ればその違いははっきりと実感できる。
他には魔練鋼で作った武器も魔力を通すのに向いているらしいが、使ったことはないので、実際の使い心地は不明である。
どちらにしてもそれらに共通する点は、魔力との親和性。
慣れれば普通の鉄でも魔力を通すことはできるのだがそれはかなり難しく、それなりに魔力の扱いが得意である俺であっても実用的ではない。
実戦で使うならば最低限、属性鋼ぐらいの性能は欲しいのだが、リアの持ってきたこの木剣は何か特殊な加工がされているのか、それに近いとは言えずとも、普通の剣などよりはかなり親和性が高く感じる。
「この木剣、おそらく少し属性鋼に似た性質があるっぽいな」
「やっぱりか。ナオ、できるか?」
「ちょっとやってみる」
剣の技術はトーヤに劣るが、魔力の扱いに関しては負けるつもりはない。
俺は土魔法で手頃な大きさの岩を一つ作ると、それに向かって木剣を構える。
背後でリアの「おぉ!」という感心したような声が聞こえたが、しっかりと集中して、自分の中の魔力に意識を向ける。
普段、属性鋼の武器を使っているときのように魔力を流そうとするが、かなり抵抗が強い上に、流した魔力がすぐに拡散していくような印象である。
――これって、想像以上に難しくないか?
とてもじゃないが、実戦で使えるようなレベルじゃない。
魔力量では俺よりもずっと少ないはずの、獣人である師範ができたというのだから、なにかしらのコツがあるのだろうが……簡単に掴めるようなコツじゃないだろうなぁ、これ。
となれば……多少不格好でもやってみるか。
「せいっ!!」
俺はやや強引に魔力を流し込むと、その勢いで木剣を一気に振り下ろした。
ゴンッ!
やや鈍い音が響き、岩が三つに割れる。
「まさか!?」
驚愕に目を見開いたのはリア。
トーヤの方は平然と『そんなものか』みたいな表情を浮かべている。
驚けとは言わないが、少しぐらい賞賛はしろ。
地味に難しかったんだから。
とはいえ、これを奥義として披露できるかといえば、是非もなく無理だろう。
「これじゃ、ダメだな」
「な、何故だ? しっかり割れているぞ? ……もしかして、実は岩が脆かったとか?」
俺が魔法で用意したからか、リアが少し疑うようにそんなことを言うが、俺は首を振ってそれを否定する。
「特別硬くはないが、普通の岩だよ、おそらくな」
大して考えもせずに作ったが、叩いた感じは普通だった。
砕けた岩の欠片を二つ拾い上げ、リアに投げ渡せば、リアはそれを互いにぶつけ合い、うんうんと頷く。
「ちゃんとした岩だな。なら何がダメなんだ?」
「強引すぎる。形だけはなんとかつけたが、実戦で使えるようなものじゃないぞ、これ。トーヤ、ちょっとやってみろ」
「おう」
俺から受け取った木剣を、先ほどの俺と同様に上段に構えたトーヤだったが、すぐにため息をつき、首を振りながら剣を下ろした。
「だーめだ。これ、全然属性鋼の武器とは違うじゃねぇか」
「だろ?」
魔法職である俺だからなんとかできたが、これを戦闘中にやるには集中する時間が足りないし、魔力の消費も考えるなら、普通に魔法を使う方が余程良いだろう。
「それだけに、この木剣で魔力剣を使えるように訓練すれば、ワンランク上の強さを手に入れられるかもな。――俺も何本か買っておくか」
トーヤが強くなるなら俺も訓練しておくべきだろうし、ナツキあたりにお土産として渡せば、それなりに喜んでくれるかもしれない。
「まぁ、逆に言うと、いきなりこの木剣で魔力剣を扱えるようになるのは、厳しいということなんだが……なんか特別な訓練方法とかあったりするのか?」
トーヤとリアに視線を向けるが、二人は揃って首を振る。
「オレが教えられたのは、普通の練習だったぞ。それとも、オレが経験してないだけで、深山幽谷に籠もって新たな力に目覚める修行があったり――」
「ない! ない! ……師範がやってないとは、断言できないが」
慌てて首を振ったリアだったが、直後に迷うように言葉を濁した。
奥義の修得に特別な修行って定番かと思ったんだが、そんな素敵イベントは存在しないらしい。
「それも含めて、自分で考えろってことなんじゃね? ただ教えられるだけじゃなく」
「あり得るな。私など、教えられることは吸収できたが、自分でなんとかしろと言われた途端、足踏みすることになったからな」
「そういう流派なのか。厳しいな」
リアがこれまでどんな訓練をしていたのか詳しいことは聞いていないが、その苦い表情を見るに、本当に迷走していたのだろう。
――そう、木剣を五〇本も折るほどに。
「ま、俺たちは普通にやれば良いだろ。トーヤはこの木剣で訓練するとして、リアの方は属性鋼の武器で感覚を掴んでからの方が良いんじゃないか? トーヤ、持ってきてただろ?」
「おう。一応な。師範の奥義を見た時、おおよそ予測は付いていたから」
トーヤや俺のメイン武器はやや大きいので、街中ではあまり持ち歩かないのだが、今日のトーヤの腰にあるのは、彼がメインで使っている光の属性鋼を使った剣。
鞘に収まった状態では判らないが、ラファンの辺りで手に入る武器としては、最高峰に位置するような業物である。
それはヴァルム・グレのような都会であっても、そこまで差はないようで、チラリと覗いてみた武器屋では、ミスリルを使った武器はもちろん、属性鋼や魔練鋼で作った武器も並べられてはいなかった。
頼めば出てくるのかもしれないし、注文はできるのだろうが、高価であることは間違いないだろう。
そんな武器は剣士であるリアの興味を
「ほほぅ! 属性鋼の武器か! 見せてくれ!!」
「良いぞ。ほら」
差し出された剣を嬉々として受け取ったリアは、それをスラリと引き抜くと、その刀身を眺めて、うっとりとしたように「ほぅ……」と息を吐いた。
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