440 婚活 (4)

「これは……かなりの業物だな!」

 興奮したように頬を染めたその顔はどこか色っぽいが、持っているのは武器である。

 うん、リアは美少女だが、俺はやっぱり美味しい料理で喜んだり、それを作って振る舞ってくれたりするハルカの方が良いな。

「オレのメイン武器だからな。大事な相棒、ってヤツだ」

 得意げなトーヤの言葉が耳に入っているのか、いないのか。

 リアは剣を眺めていたその視線を、近くにある岩へと向けた。

「この武器なら、私でも岩を断つことが……」

 それを見て慌てたのはトーヤである。

「ちょ、ちょい待ち!」

 トーヤはリアの手から慌てて剣を取り返すと、素早く鞘に収めて、彼女の視線から剣を隠すように背中へ回した。

「さすがにこれを折られると困る!」

「むぅー。いくらでも、って言ったのに……」

「木剣! 木剣ならな! これは桁が二つ、三つ違うから!」

 不満げに頬を膨らませるリアは可愛かったが、それでもトーヤの姿勢は変わらなかった。

 だがそれも当然だろう。

 トーヤの武器は材料を用意した上で、オーダーメイドで作ってもらった物である。

 この町にはガンツさんもトミーもいないし、ハルカたちが属性鋼を作る設備もない。

 仮にここの武器屋で同等の物が売っていたとしても、今のトーヤでは、自腹で買うことはできないだろう。

 予備の武器はあるが、メイン武器の有無は仕事の効率、安全性に大きく関わる。

 いくらリアのふくれっ面が可愛くても、おいそれと渡せる物ではない。

 というか、トーヤがほだされて渡そうとしたら、俺が阻止する。

「どうしても……?」

「うぅ……、オレのはダメだが、ナオのなら――」

「オイッ! 俺の武器を犠牲にしようとするな! そもそも属性鋼を使ってないぞ、俺のは」

 俺が今持っているのはメイン武器の槍ではなく、小太刀である。

 ハルカとユキはメインで使うことが多いので属性鋼で作り直したし、ミーティアは最初から属性鋼の小太刀を使っているが、俺とナツキはサブなので、魔鉄などを使って作った物のままなのだ。

「そうなのか……。でも興味はあるな。ナオ、お前のも見せてもらって良いか?」

「……見るだけだぞ?」

「もちろんだ!」

 属性鋼の武器ほどに高くはないが、それでも結構気に入っているのだ、この小太刀は。

 槍ほどじゃないにしても、訓練にもそれなりに力を入れている。

 やっぱ、刀って憧れがあるし?

 斬鉄ならぬ、斬岩もできたら凄いとは思うが――。

「岩を斬ろうとするなよ?」

「うむ!」

 俺の念押しにリアが頷いたのを確認して小太刀を差し出せば、リアはそそくさと嬉しそうに受け取ると、鞘から抜きだしてその刀身を物珍しげに見る。

「属性鋼ではないが、この武器も業物だな。ちょっと変わった形だが……ん? こっちの鞘の方も……」

「お、目敏いな。それはトレントだ」

 剣を納めようとして鞘の方にも目を向けたリアに、俺はニヤリと笑って答えた。

「トレント!? 高級素材ではないか! 何故そんな物を鞘に……」

「手に入ったから、だな。必要性はほぼないんだが」

 丈夫なので鞘自体も武器にできるとか、小太刀の刀身をしっかりと守ってくれるとか、一応メリットもあるのだが、それが活躍する機会などほぼ皆無。

 たくさんあったから使ってみたという、自己満足に近い代物である。

「むむむ……さすがは高ランク冒険者ということか。いや、ありがとう。眼福だった」

「どういたしまして。だが、練習にはトーヤの物を使うしかないだろうな。他に適当な武器はないし」

 武器の種類を問わないなら、エルダー・トレントを討伐する時に使ったバルディッシュなんかも属性鋼を使っているんだが……素振りだけなら破損の心配もないしな。

「うむ、そうだな! ということで、トーヤ、貸してくれ!」

 リアがニコニコと嬉しそうに手を差し出せば、トーヤは少し不安そうながらその手に剣を載せたが、手を離す前に再度確認するように念押しする。

「……マジでやるなよ? ふりじゃないからな?」

「ふり? 何のことだ? 心配せずとも、他人ひとの武器を粗末に扱うことはないから、安心してくれ!」

「なら良いんだが……」

 トーヤが手を引くと、リアは再び嬉しそうに剣を抜き放ち、イメージトレーニングなのか、岩を前に素振りを始めた。

「むー、魔力か。どうやれば良いんだろうか……?」

 そんなことを呟きながら、ブンブンと素振りをするリア。

 あの剣って結構重いんだが、苦もなく扱っているのは女の子でもさすがは獣人と言うべきか。

 岩からはきちんと距離を取っているとはいえ、かなり真剣にやっているだけに、何かの拍子に近付きすぎて、当たったりはしないかと微妙に怖い。

 俺でもそうなのだから、トーヤもやっぱり不安顔である。

 だが、トーヤはそんなリアから視線を引き剥がすように俺の方に向き直ると、気を取り直すように軽く息を吐いて口を開いた。

「さて、何だか前置きが長くなったが、ナオに手伝ってもらいたいのは魔法関連だ。まず破岩に関しては、さっきお前が使ったような標的となる岩を大量に作ってくれ。簡単だろ?」

「まぁ、そうだな」

 風呂桶のように特殊な成分のみで作るとか、特別硬い岩を作るとかなら大変だが、ごく普通の岩で良いのなら、そのへんの土を固めるだけ。

 魔法の難度的にも、魔力の消費量的にも、大して難しいことではない。

「次に斬魔は、最終的には『火矢ファイア・アロー』を撃ってもらうことになるんだが、最初のうちは設置型の魔法が欲しいな」

「設置型……それは結構難しいぞ?」

「なんでだよ? 適当に、『隔離領アイソレーション・フィ――』

「ちょっと黙ろうか!」

 俺は慌ててトーヤの口を塞ぐと、肩に腕を回してその顔を引き寄せた。

「(なんだよ?)」

「(お前、時空魔法は原則秘密にするってことを忘れてないか?)」

「(…………おぉ!)」

 冒険中には遠慮なく使っているから忘れがちだが、それは俺たちが周囲に人目がないところで活動しているから。

 リアは秘密にしてくれるかもしれないが、こんな所で使ったりすれば他の門下生たちにまで筒抜けである。

「(……けど、もうよくね? エルフだと、使えるヤツはいるんだろ?)」

「(らしいが……)」

 人間たちの中では使える者がほぼいない時空魔法であるが、エルフが人口の多くを占める領地に行けば、使い手を見つけ出すこともそこまで難しくはないらしい。

 俺たちもこの世界に慣れ、ある程度の自衛もできるようになっているわけで、そこまで気にする必要はないとも言えるのだが……。

「(けど、トラブル要因は少ない方が良いだろ?)」

「(まぁ、そうなんだが……なんか良い魔法、あるか?)」

「そうだな……」

 設置型の魔法って、案外種類がない。

 例えば、『フォグ』の魔法も空間に作用する魔法だが、それは魔法を唱えた一瞬のみ。

 発生した後の霧は普通の霧と変わりないため、斬魔で魔法を斬るなら作用中に使うしかなく、今回の訓練には使用できない。

 人に作用する魔法は継続的に効果が続くが、人に攻撃するわけにもいかないので、これまた使えない。

 時空魔法なら、いろんな種類があるんだが……。

「……仕方ない。少し熱い程度に調整した『火矢ファイア・アロー』を撃ってやる」

「すまねぇ。手間をかける」

「ま、後々、ミーティアたちの訓練にも必要そうだしな」

 最初のうちは設置型の魔法を使えば良いだろうが、最終的には飛んでくる魔法を斬る練習はどうしても必要になるだろう。

 威力を落とすこと自体は、【魔法障壁】のスキルを覚える時にやったので、そこまで難しくない。

 問題はそれに伴ってサイズも小さくなって斬りにくいことだろうが、そこは密度を薄くして威力を落とせるように、俺が頑張るしかない。

 リアで実験するわけにはいかないので、トーヤでしっかり練習しておこう。

 派手に失敗しても、トーヤならハルカに治してもらうこともできるし?

 そのぐらいの痛みに関しては、協力してやる代償として許容範囲である――痛いのは俺じゃないし?

 普段痛い思いをしているのは、圧倒的に俺なんだから、これぐらい良いよな?

「瞬動に関しては……俺がやることはないか」

「いや、そうでもない。できれば魔力の動きを見て欲しい。師範の動きは、単なる筋力だけでなんとかなる速度じゃなかったし」

「【韋駄天】みたいな、スキル的なものじゃなく?」

「それみたいな物だとは思うが……スキルも魔力を使うだろ?」

「魔力というか、精神力というか、なんかよく判らないモノを消耗する気はするよな」

 ステータスでMPの値が見られるわけじゃないので、はっきりとはしないのだが、スキルの使用には何らかの代償が必要となる。

 ざっくりと簡単に言えば、

 まぁ、当然と言えば当然で、普通よりも速く動いているのに、スキルがあるから普通に動いた場合と疲労が同じ、なんてことあるはずもない。

「だが、その師範の動きを見ていない俺が、効果的なアドバイスをできるとは思えないんだが……」

「それでも何か気付くかもしれないだろ? 頼む!」

「まぁ、力になれるか判らないが了解した。――剛身はさすがにないよな?」

 これはもう、【鉄壁】と同じだろう。

 取得方法もほぼ確立したようなもんだし、俺の出る幕は――。

「いやいや、これこそナオの存在が重要だぜ?」

「……なんでだよ?」

「オレたちが【鉄壁】を使えるようになるまでにしたこと、覚えているよな?」

「そりゃな」

 簡単に言えば、軽い攻撃を繰り返し、それを弾き返せるようにイメージすること。

 効果の強弱に差はあれど、俺たちはこれで全員が使えるようになっている。

 転移者である俺たちだけが特別扱いということはないようなので、リアだって似たようなことをすれば、習得は可能だろう。

 後はそれを奥義と呼べるレベルまで引き上げるだけである。

 高レベルの冒険者が高い防御力を持つことを考えれば、道場の訓練だけではなく実戦を経験してみるのも良いかもしれない。

 冒険者として登録して討伐依頼でも請ければ、木剣を買う資金も稼げて一石二鳥だろう。

 俺が協力できるとすれば、これに同行するぐらいか……?

 そう思った俺の予想を裏切り、トーヤは首を横に振った。

「けどさ? あの時は攻撃対象に対して、抵抗する気持ちというか、憤怒というか、憎悪というか、ぶっ殺してやるというか、そんな感情で以て習得したわけじゃん?」

「お前、俺に対してそんなこと考えてたのか?」

 いや、確かに動けないところをペシペシ叩いたけどさ。

 かなり軽ーくだったぞ?

 俺、ぶっ殺すとか思われてたの?

 自称、親友に?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る