438 婚活 (2)
「いや、ハルカだと報酬を用意しないと申し訳ねぇし?」
「俺ならロハかよ!?」
いや、別に金を払えと言うつもりはないけどさ。
俺もハルカに指輪を贈る際は、ユキとかに無報酬で協力してもらってるし、協力するのは吝かではない。
吝かではないが、少しぐらいは感謝しろと言いたい。
「す、すまない、ナオ。道場としていくらか払えれば良いのだが……」
「あぁ、いや、リアが気にする必要はないぞ?」
美少女に申し訳なさそうな表情をさせると、心が痛む。
トーヤほどじゃないが、俺も獣耳には弱いので。
「他ならぬトーヤの頼みだし、リアみたいな美少女の助けになれるなら、協力ぐらいはするさ。結婚に必要なんだろ?」
ニヤリと笑って俺が混ぜっ返すと、リアが恥ずかしそうにはにかむ。
――うむ。良き。
トーヤの視線が微妙に痛いが。
「こほん。それで、奥義の修得だったか? もうちょい、詳しく説明してくれ」
「そ、そうだな。では私が説明させてもらおう」
頬をパシパシと叩いて、真面目な表情になったリアから改めてその説明を受けたのだが……奥義という割に、なんか微妙?
「魔法が必要なのは理解したが、トーヤなら、それぐらい全部できるだろ?」
「普段使ってる武器ならな。だがナオ、それじゃダメなんだよ。使うのは木剣。これでできなけりゃ、皆伝は得られない。それに師範の完成度はずっと高かったしな。ナオにも見てもらえれば良かったんだが……」
「木剣で? それは難しそう――」
ならば納得と頷くと、慌てたようにリアが口を挟んだ。
「あ、いや、木剣と言っても、あれは普段の鍛錬に使っている物じゃないぞ? 専用の木剣がある。ちょっと特殊な、な」
「そうなのか?」
俺が確認するようにトーヤを見れば、トーヤもまた驚いたように目を瞠っていた。
「オレも初耳なんだが……」
「すまない、言ってなかったな。私は使うことを許されていなくて……」
「何でだ? 皆伝を得るためには必須の技術なんだろ?」
「そうなのだが、ちょっと、その……壊しすぎてしまってな、破岩の練習で。あれは普通の木剣の何倍もするから」
「へー、どれぐらい壊したんだ?」
気軽に尋ねてみたのだが、リアの目が泳ぐ。
いや、溺れている。かなり盛大に。
それでも俺たちが見つめ続けると、やがて観念したように口を開き、恐る恐る右手の指を全部立てた。
「えっと、ご、ご……」
「ご? 五本?」
「いや……ご、五十本ぐらい……」
「「………」」
想像より一桁多かった。
俺たちが最初に買った木剣の価格は一五〇レアだったが、あれは安い部類だったようで、ちょっと良い物だと五〇〇レアぐらいは普通にする。
そう考えれば、“特殊な木剣”とやらの値段は一千レアを超えてくるだろう。
それが五十本。
禁止されるのも仕方ないと思える金額である。
「も、もちろん、一度にやったわけじゃないぞ? 年単位で、だからな? 大半は自腹で弁償しているし……。だが師範からは『しばらくは技術の向上に努めろ』と言われているのだ」
慌てたように弁明するリア。
しかし、である。
木剣という物はかなり丈夫な物だ。
普通の人が木剣で岩を叩けば、手の方が痺れて、下手をすれば怪我をするぐらいに。
そんな物をへし折り続けて五十本、そこまでいく前に自制すべきじゃないだろうか?
――リアって実は、想像以上の修行バカ?
俺はそう思ったのだが、トーヤの方はそこはあまり気にしていないようで、腕を組んでふんふんと頷く。
「なるほどな。だが、その木剣が使えねぇのは困るし、買ってくるしかねぇか。一本いくらぐらいなんだ?」
「およそ三千レアだな」
「高っ!?」
想像以上だった。
つまりリアが折った木剣の価値は一五万レア。
日本円にして一五〇万円ぐらいである。
値段を判って折り続けたリアも凄いが、そこまで許容した師範、実は大物じゃね?
「あぁ、でもトーヤは使えるぞ? 中伝になって、まだ折っていないからな。私ぐらい折れば、禁止されるだろうが」
「いや、折らねぇから。そこまでは」
「だよな。一、二本折れた時点で、別の方策を考えるよな」
呆れた表情で頷き合う俺たち二人を見て、リアが情けなさそうに眉尻を下げる。
「うぅ……私も何も考えなしだったわけじゃないぞ? 試行錯誤はしたのだ。――成果は出なかったが」
「ダメじゃん」
俺がペロリと正直な感想を口にしたところ、リアの尻尾が垂れ下がり、瞳がちょっぴり潤む。
「そ、そうなのだが……うー」
「こらっ。ナオ、リアをいじめるな」
などと、俺に苦情を申し立てるトーヤだが、付き合いの長い俺には、トーヤの本心がバレバレである。
そう、リアの可愛い表情が見られて喜んでいるのが。
なので俺は、もうちょっとサービスなぞしてみる。
「いや、いじめてはないが……事実を口にしただけで」
「ぐはっ!」
「ナオ!」
胸を押さえてよろめくリアに、トーヤが素早く手を差し伸べ、その肩を支える。
そんなトーヤの手にリアはそっと手を添えて、微笑んだ。
――うん、俺、グッジョブ。
「だ、だが、そんな状態だったからこそ、トーヤが入門してくれたのは、私からすると天恵だったのだ」
何でもこの道場に於いて、奥義は師範から伝授されるものではなく、自ら身に付けるものらしい。
門下生同士で教え合ったり、切磋琢磨するのは問題ないようだが、他にいる中伝の門下生は奥義の修得にそこまで積極的ではなく、リアは独りで頑張るしかなかった。
そこに彗星の如く現れたのが、自分以上の腕を持つトーヤ。
師範代として門下生に教えるばかりだったリアからすれば、その存在は本当にありがたかったのだろう。
「なるほど、トーヤなんかでも役に立っているのか」
「オイオイ、なんか、とは酷ぇな」
「いや、だって、お前の目的って……」
言うまでもなくリアがいるから、道場に入門したのだろう。
腕が立つから感謝されているが、そうじゃなければ面倒くさいストーカー予備軍である。
そんな俺の内心を視線から感じ取ったのか、トーヤは慌てて俺の言葉を遮るように口を開いた。
「オ、オレの目的はリアと共に皆伝になることだぞ? もちろん。木剣についても、リアの分ぐらいは、オレがいくらでも買ってやるよ。お前と一緒に鍛錬ができないんじゃ意味ねぇしな」
「良いのか? 決して安くないし、私はまた折ってしまうかも……」
「心配するな。これでもオレはそれなりに稼いでいるからな。リアのためなら木剣の数十本ぐらい、安いもんだぜ?」
「トーヤ……」
頼もしいことを言ったトーヤに、リアはどこかうっとりとしたような顔を向ける。
結婚を考える以上、男に甲斐性は必要。
それは否定しない。
否定はしないし、トーヤのためならサポートも惜しまないが……。
「トーヤ、ちょっと来い」
「な、なんだよ……」
俺はトーヤの腕を引っ張って、リアから少し離れると、トーヤに小声で尋ねる。
「(お前、金で歓心を買うつもりか?)」
「(何を馬鹿な!)」
俺の言葉に憤慨して眉を吊り上げたトーヤを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「(だ、だよな。なら良かっ――)」
「(
「(ちっとも良くねぇ! ダメだろ、それは!)」
娼婦に入れあげることを考えればまだマシだが、結婚を前提に考えている相手とすれば、それは微妙に違わないだろうか?
「(けどよ、ナオだってハルカには誕生日プレゼントとか贈ってるだろ? 似たようなもん、似たようなもん)」
「(断じて違う! ――と主張したい)」
何が違うのかと言われると、反論しにくいんだけど。
誕生日プレゼントが木剣の束とか、どんだけ……。
とはいえ、トーヤのことを思えば、ここでリアと引っ付いた方が良いのかもしれない。
獣人がたくさんいるこの町で放っておいたら、獣耳付きの悪女に騙されて、素寒貧――どころか、借金とか背負わされそうである。
さっさとくっついてもらって、リアに財布を握ってもらうのが、トーヤのため、延いては俺たちのためかもしれない。
友人が借金漬けで(実質的な)奴隷落ちとか、後味が悪すぎる。
――もっとも、リアはリアで、金銭感覚が正常なのかは少々不安なのだが。
高価な木剣、五十本も折っているし。
そんな感覚で浪費されたら、トーヤの懐には一瞬にして寒風が吹き荒れることだろう。
「(……まぁ、程々にな?)」
「(おう! お前がハルカに贈った指輪ほどの金は使わねぇよ)」
「(………)」
いや、あれ、めっちゃ高いんですけど?
一般庶民なら、逆立ちしても買えないぐらいに。
だがトーヤも大人。
これ以上言うのも野暮かと、俺は口を噤んだのだった。
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