432 中伝試験 (1)
試験の日取りが決まったのは、数日後のことだった。
一応はアルトリアのお墨付きがあるとはいえ、トーヤにとっては失敗できない重要事。
その日に向けてしっかりと体調を整え、道場へと赴いたトーヤだったが、そこで待っていたのは威圧感を放つ巨漢の熊の獣人だった。
身長、身体の厚み共にトーヤ以上。
張り詰めるような筋肉はその身を包む道着を押し上げ、窮屈そうにも見える。
生命力を全身から漲らせ、トーヤの前に『ドンッ!』と立ち塞がった彼は、ギロリとトーヤを見下ろすと、大音声を響かせた。
「お前がリアに粉をかけてるってぇ小僧か! ならばまずは儂を斃してみろ! 話はそれからだ!!」
「えぇ……?」
まったく身に覚えがないとは言わないが、今回は中伝の試験を受けに来たはず。
何故こんなことになっているのかと、トーヤは困惑した視線をアルトリアに向けるが、アルトリアとしてもこの対応は想定外だったらしく、慌てたように抗議の声を上げた。
「師範! なんでそうなる!」
「あぁ、師範であるのは間違いないのか……」
久しぶりに自分のことを気に入らない門下生が挑んできたのかも、と思っていたトーヤだったが、アルトリアの言葉は男が師範であることを示すものであった。
「(確かに強そうだが……)」
しかしトーヤのイメージする剣術の師範とは、彼らのパーティー名でもある“明鏡止水”。
静かでありながらどこか鋭く、近寄りがたい。
そんな人物像を思い描いていただけに、覇気と共に汗臭さもにじみ出るような目の前のマッチョは正直期待外れであった。
――勝手に期待していたトーヤが悪いのであるが。
「私がお願いしたのは中伝の試験だ!」
「む? ……そういえば、そんな話をしていたか?」
どこかとぼけたように首を傾げる師範に対し、アルトリアはぐわっと眉を吊り上げる。
「それ以外の話はしていない!」
「そうだったか? 他にも色々――」
「していないったら、していない!」
アルトリアは師範の言葉を遮るように強く断言する。
そんな彼女を見て、師範は苦笑して肩をすくめた。
「まぁ、良いけどよ。で、中伝の認可を得たいって話だったか? 久しぶりだなぁ、中伝に挑戦する門下生は。――つっても、儂は今日初めて会うわけだが」
再びジロリと見られ、トーヤはハッとしたように慌てて襟を正し、頭を下げた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。オレ――いや、私はトーヤと言います。どうぞよろしく――」
「あぁ、あぁ、いい」
入門した以上は、と言葉遣いを改めたトーヤだったが、そんな彼に師範は手を振って、挨拶を途中で遮る。
「ここは道場だ。最低限の礼節さえ
「そう、なのか……?」
道場と言えば、礼に始まり、礼に終わる。
そういう文化で育ってきたトーヤは確認するようにアルトリアを見るが、彼女は少し困ったように笑い、小さく頷く。
「なら、オレとしても助かるが……丁寧な言葉はあんまり得意じゃねぇし」
「おう。で、中伝の試験だったか。――ならばまずは儂を斃してみろ! 話はそれからだ!!」
「だから!」
再度同じことを口にした師範に、アルトリアも同じように声を上げたが、師範は手を上げて彼女を制した。
「落ち着け。試験を受けさせるってことは、技術的には足りてるってことだろ? ならばあとは心根の確認だ。リアが推薦する以上、そう悪くねぇとは思うが、中伝と初伝は違う」
静かに応えた師範はその内面を量るように、じっとトーヤを睨み付ける。
比較的容易に認められる初伝とは違い、中伝ともなればその数はグッと少なくなり、外部からはサルスハート流を代表する剣士と見なされる。
つまり、その言動
「普通なら試験までに見極めるんだが、儂とコイツは初対面だからな。なら間怠っこしいことをするより、実際に立ち会ってみるのが早い。うちの看板
あまりにも脳筋な発想。
もしもハルカであれば、呆れた表情でため息をついたのだろうが、ここにいるのはある種同類のトーヤである。
師範の向ける鋭い視線をしっかりと見返し、獰猛な笑みを浮かべてはっきりと答えた。
「もちろんだ! これまでも人倫に悖ることをしたつもりはねぇし、これからもするつもりはねぇ!!」
「そうか。ならば、あとは剣で語れ。一応言っておくが、別に儂に勝つ必要はねぇし、勝てば中伝を認めるって話でもねぇ。儂が見たいのは貴様の心だ」
「おう!」
満足そうな笑みを浮かべた師範に対し、トーヤは力強く言葉を返した。
試験の場は速やかに整えられた。
道場内で鍛錬をしていた門下生たちはそれを中断し、中央を大きく空ける。
そこにトーヤと師範が向かい合って立ち、アルトリアは立会人としてその傍に。
門下生たちはそれを囲んで立ち、互いに小さく言葉を交わす。
「まさか、一月足らずで中伝の試験に挑むとは……」
「けっ、アルトリア様に個別指導してもらえれば、俺だって――」
「いや、無理だろ」
「お前はまず俺に勝ってから言え」
「俺、師範が戦うのって、初めて見ます」
「運が良かったな。師範と中伝レベルにあるヤツとの模擬戦なんて、そうそう見られるものじゃないぞ」
普段は時々しか道場に来ない師範。
そして来たとしても指導するのみで、戦うことなどまずない。
対してトーヤは入門したばかりでありながら、その腕前はアルトリア以上で、大半の者にはそのレベルを正確に測ることもできていない。
しかるに俄然注目度も高く、見学しろと言われているわけではないにも拘わらず、すべての門下生が固唾を呑んで見守っていた。
羨望、驚き、嫉妬、期待。
様々な視線が向けられる中、二人は木剣を構える。
「準備は良いか?」
「いつでも」
師範の問いにトーヤが頷いたのを確認し、アルトリアが手を上げる。
「――始め!」
かけ声と共にアルトリアの手が振り下ろされたが、二人ともすぐには動かなかった。
いや、正確にはほとんど動かなかったと言うべきだろう。
じりじりと足を動かし誘うように剣を構えるトーヤに対し、師範の方は片手に持った剣を前に垂らし、どっしりと構えて待ちの姿勢。
自らトーヤに攻撃をする様子はない。
「(行くしかないか……)」
生き残ることを重視する普段の戦闘であれば問題ないのだが、これは試験である。
時間を稼いでも魔法の援護はないし、そもそも斃すことが目的ではない。
積極性に欠けると判断されるのは、あまり良いとは言えないだろう。
「ッ!」
トーヤが足をたわめ、一気に飛び込んで剣を振り下ろす。
カンッ!
木剣同士が激しくぶつかり、甲高い音を響かせた。
両手を使ったトーヤの振り下ろしを、師範は木剣を片手に持ったまま下から迎え撃ち、しっかりと受け止める。
一瞬の拮抗。
だがすぐに、トーヤは剣を押し込むようにして飛び離れた。
「(……単純な膂力では勝てねぇな)」
僅か一合。
それだけでトーヤは、力の差をはっきりと認識していた。
師範との体格差を考えれば順当とも言えるが、思った以上に容易く受け止められたことに、トーヤは内心、驚いていた。
「(スキルを使うか……?)」
パーティーの中ではダントツの膂力を誇るトーヤであるが、それでもナオが【筋力増強】のスキルを併用すれば、スキルを使っていないトーヤとはそれなりに対抗できる。
それほどにスキルの効果は大きく、使えば師範を上回れる可能性は十分にあったが、ただの試験でそこまで全力を出すべきかと悩む。
そもそもそんな力で打ち合って、木剣が保つのか。
「何を悩んでやがる。全力で来い!!」
逡巡したのは僅かな時間だったが、師範は挑発するように木剣を揺らし、トーヤを誘う。
それに僅かに顔を歪めたトーヤは迷いを捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます