433 中伝試験 (2)
踏み出したトーヤの速さは、先ほどとは一線を画していた。
使用したのは、【韋駄天】や【俊足】。
「おぉっと!」
普通ならばその速度差に戸惑うところだろうが、師範は少し目を瞠っただけで、むしろ嬉しそうな笑みを浮かべ、余裕を持ってその攻撃を受け止めた。
「くっ!」
それでもトーヤは手を止めることなく連撃を見舞うが、師範は体捌きも併せて、それにしっかりと対応する。
ガガガガッ!!
木剣同士がぶつかると音が絶え間なく道場へと響く。
その激しさと速度に、周囲に立つ門下生たちはしわぶき一つたてずに見入っていた。
一部の門下生は未だトーヤの実力を疑っているところもあったのだが、師範との立ち会いを見て、今やそれは完全に払拭されていた。
そしてそれは、傍に立っているアルトリアも同じであった。
自分と鍛錬しているときとは違うトーヤの動きに驚きを顕わにしたが、その口元はどこか嬉しそうに弧を描いている。
「速いなぁ、おい!」
「すべて凌いでおきながら、よく言う!」
息もつかさぬ打ち合いから鍔迫り合い。
そこから双方突き飛ばすようにして、二人は離れ、息を整える。
「(想像以上だな! これ、マークスと同等以上じゃないか?)」
ミスリルの剣の力もあるだろうが、ゴーレムを一太刀で斬り伏せるマークス。
師範と実際に剣を交えてみて、トーヤはそれに近い壁のようなものを感じていた。
「(ちっ。実際に会うまでは、勝てるかもとか思ってたんだけどなぁ……)」
アルトリアに良いところを見せて、『あわよくば』とか都合の良いことを考えていたトーヤは内心、深く嘆息する。
だがこれは、トーヤが少々甘いと言わざるを得ない。
相手はトーヤよりも年上で、しかも道場主でもある。
スキルを与えられたとはいえ、三年にも満たない冒険者のキャリアしか持たないトーヤに比べたら、その何倍もの鍛錬を続けている相手。簡単に勝てるはずがない。
最初にアドヴァストリスが口にした言葉、チートはないし、努力は裏切らないというのは、この世界の住人に対しても言えることなのだから。
「(フル装備で実戦なら……いや、それでも判らねぇか)」
武器が木剣のみで戦い方が制限されているトーヤだが、それは師範も同じこと。
トーヤがフル装備、師範の方は木剣のみであれば、さすがに勝てるだろうが、そんなのはただ卑怯なだけ。アルトリアへのアピールにはならないだろう。
「やるなぁ、お前。見極めってことなら、このぐらいで良いんだが……」
「なら、ここで終わりか」
どこかホッとしたように息を吐いたトーヤに対し、師範は鼻で笑う。
「バカ言え。ここで止めたら、お前も燃焼不足だろ?」
「……冒険者であるオレとしては、大怪我は避けたいんだがなぁ」
普段の訓練では大怪我をすることも多いトーヤだが、決して痛いのを喜ぶドMじゃないし、ハルカたちがすぐに治してくれるため、僅かな時間耐えるだけで済む。
しかし、ここに二人はいない。
帰ってから頼めば治してくれるだろうが、それまでは我慢するしかないし、もしも二人が留守にしていれば、ハルカかナツキ、どちらかが帰ってくるまで更に苦しむことになる。
そもそも状態によっては、自力で帰ることすら困難になるかもしれないのだから、避けられるなら避けたいと考えるのは、当然のことだろう。
「冒険者か。だが安心しろ。もしも怪我をしたら、魔法で治してやる」
それなら問題ねぇだろ? と言った師範だったが、それに待ったを掛けたのはアルトリアだった。
「師範。今の道場の予算に、治癒士を呼ぶ余裕はないからな?」
「心配するな。それぐらいなら、儂の財布から――」
「公私混同は認められない」
言葉を遮って断言したアルトリアに、師範は口をへの字に曲げる。
「――儂が道場主なんだが」
「ならば、もっと頻繁に顔を出してくれ。そうすれば、予算に口を出しても何も言わない」
トーヤが入門してこれまで、一度も師範の顔を見ていなかったように、師範が前回道場に来たのは一ヶ月近く前のことである。
今日にしたって、アルトリアがやや強引に頼まなければ来ることはなかっただろう。
もちろん師範としてはそれなりに理由はあるのだが、そんな行動が道場主としては褒められたものでないことは、十分に理解もしている。
「……ちっ。しゃーねぇ」
師範は諦めたように嘆息すると、再度木剣を構え直して、トーヤをぐっと睨んだ。
「トーヤ、一発だ。手加減なしで一発打ち込んでこい。それで仕舞いだ」
「……解った。行くぞ?」
「来い!!」
トーヤが床を踏み切った音が、ダンッと響く。
その次の瞬間、破砕音が連続した。
メギッ、ドガガッ!
最初の音は二人の木剣がぶつかり、双方の木剣が半ばからへし折れた音であり、後の音は吹き飛んだ剣先が道場の天井にぶつかり、二つの穴を空けた音である。
トーヤの方はある意味で予想通りの結果に表情を変えることはなかったが、師範の方は驚き瞠目すると、額に手を当てて天井を見上げた。
「儂のまで折れたか。ちっと見誤ったか。やっちまったなぁ……」
「オレは言われた通り、手加減せずに打ち込んだだけだからな?」
貧乏ではないが、金持ちとも言えないトーヤはそう言って『弁償はしない』と予防線を張ったが、師範は苦笑して首を振った。
「解ってる。修理代を請求したりはしねぇよ。修理は道場の――」
「師範。天井の修理代と木剣二本の代金は、師範に付けておくからな」
「ちょ、公私混同はしねぇんじゃなかったのか!?」
今度も言葉を遮って断言したアルトリアに、師範は慌てたように声を上げるが、アルトリアはジト目で首を振った。
「予算に余裕はないからな」
「……なら、治癒士の報酬を儂が払っても良かったじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれ、だ」
アルトリアの少々都合の良い言い分に、不満を顔に出した師範だったが、アルトリアとトーヤを見比べると、面白そうな表情でニヤリと笑った。
「なんでぇ。結局、コイツに怪我させたくなかっただけか」
「なっ! ち、違う!」
師範の言葉を反射的に否定したアルトリアだったが、すぐに思い直したように真面目な表情になって言葉を続けた。
「――い、いや、違わない。試験で大怪我をさせるなんて、問題だろう? 師範代として認められないからな!」
ふふん、と少しだけ得意そうな表情になるアルトリアを見て、師範はどこか呆れたようにため息をつく。
「……いや、お前がそれで良いなら、良いけどよ」
「うん? 何がだ?」
「なんでもねぇよ。――でだ。トーヤの試験だが、技術的には文句なしだ。心根の方は……まぁ、良いだろ」
「ってことは、合格か?」
「あぁ。今日からサルスハート流の中伝を名乗っても良いぜ?」
どこか蚊帳の外に置かれていたトーヤは、それを聞いて安心したように息をつく。
「ま、お前にはあんま、必要なさそうだけどな。どこかに仕官したいとかじゃねぇんだろ?」
「そうだな、冒険者を辞める予定はない」
「仕官するなら、結構役立つんだがなぁ、うちの認可は……」
トーヤの迷いない返答に、師範は少し残念そうにため息をついたが、すぐに気を取り直したように手に持っていた木剣の残骸をアルトリアにポイと投げ渡した。
あまりにも無造作な所作だったが、アルトリアの方は慣れているのか、それを難なく受け止め、トーヤからも木剣の残りを回収。
更には天井に突き刺さっていた二本の剣先も、門下生たちに手伝わせて回収していく。
そんな作業を横目に見ながら、師範はトーヤに話を続ける。
「うちの流派では中伝の認可を受けたヤツには奥義を四つ見せることになっている。知っているか?」
「あぁ、リアから聞いた」
「見せるのは一度だけというのもか? ――なら良い。それじゃ、外だな。リア、準備しろ!」
「はい!」
「他のヤツらは修行に戻れ。見学は自由だが、メインはトーヤだ。邪魔はするなよ?」
師範にそう言われても、実際に修行を始める門下生は皆無だった。
道場を出て行く師範とトーヤに続いて、ぞろぞろと移動を始めたのだった。
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