430 サルスハート流 (4)
「さすがだな、トーヤ。これなら中伝を認められるのは、ほぼ間違いない」
「いや、すべては指導してくれたリアのおかげだ。ありがとう」
その日、一通りの鍛錬を終え、満足げに微笑んだアルトリアからお墨付きを得たトーヤは、爽やかな笑みを浮かべてお礼を口にした――さりげなくアルトリアの手を握り、その瞳を見つめて。
これがこちらに来て身に付けた、トーヤのナンパスキル。
青楼で高いお金を払って身に付け、磨いてきたそのスキルは地味に侮りがたく、安穏とした幼なじみ関係に耽溺しているナオとは一線を画す。
当然、剣術のみに傾倒してきた少女にはクリティカルヒット。
頬に紅を散らして、動揺したように視線を逸らした。
「そ、そんなことはないぞ? トーヤが頑張ったからだ。実際、指導するというほどのものでもなかったからな」
我流を自称するトーヤであるが、当然ながらその基礎になっているのは最初に取得した【剣術】スキルである。
それはきちんとした剣術の型に則ったものであり、正統な剣術であるサルスハート流とは相性が良かった。
更にトーヤの現在の【剣術】スキルはレベル6。
マンツーマンで指導を受ければ、中伝レベルの技術を身に付けることなど、大した困難でもなかったのだ。
「ふむ、一緒に頑張った結果というわけか。二人の共同作業だな」
「ん、んっ! 師範には伝えておくので、次回師範が来たときに試験をしてもらおう」
意味深なことを言うトーヤに、咳払いをしてアルトリアが手を引き抜こうとすれば、トーヤは素直に手を離し、少し距離を置いた。
「そういえば、師範にはまだ会ったことがないな」
「師範は色々と忙しいからな。お願いすれば近いうちに来てくれるとは思うが、残念ながらいつ来るかは判らないんだ。すまないな」
アルトリアは離れたトーヤの手に視線を流し、軽く謝罪するが、トーヤは軽く首を振ってアルトリアの肩をポンと叩いた。
「問題ない。こうしてリアと共に鍛錬ができるのは嬉しいからな」
「またそのようなことを……」
「ホントだぜ? じゃなきゃ、毎日通ったりしないさ」
「……まぁ、私もお前との鍛錬は良い経験になっている」
「リアは『経験』だけなのか? オレは一緒の時間をこんなに楽しんでるのに」
肩をすくめてニヤリと笑うトーヤに、アルトリアは苦笑を浮かべるが、それは嘘偽りなくトーヤの本心である。
月に僅か金貨五枚で、獣耳の美少女と共に汗を流せるのであれば、トーヤからすればとてもコスパが良いのだ。
トーヤは精神的に満たされて嬉しい、アルトリアは高い技術を持つ鍛錬相手を得られて嬉しい、道場はお金が入って嬉しい。
一応は、ウィン・ウィンの関係と言えるだろう――トーヤの動機が微妙にアレだが。
「そーいや、中伝と言えば……リアはガッドを知っているか?」
「当然だ。うちの門下生だぞ? お前とは入門時に一悶着あったしな。――まさか、まだ何か文句を言っているのか?」
むっ、と眉を寄せたアルトリアに、トーヤはパタパタと手を振った。
「違う違う。そっちは問題ない。逆に懐かれているぐらいだからな。そうじゃなく、ガッドの才能だ。リアはあると思うか?」
自分の判断はイマイチ信用できないと尋ねたトーヤだったが、それに対する返答は短かった。
「ガッドの才能? ないな」
「バッサリいったな!?」
「事実だからな」
平然と切り捨てるようなことを言うアルトリアだが、こと剣術に於いて彼女は妥協や甘えを許さない。
強ければ素直に称えるし、ダメならダメとはっきり言う。
そんな彼女からしてガッドは、門下生の一人として一応名前を覚えてはいるが、ただそれだけの存在でしかなかった。
「けど、この道場に入門できるぐらいの才能はあるんだろ?」
「もちろん、ゼロとは言わないが、特筆すべきほどじゃない。少なくとも、ここの門下生の中では最下位付近に位置するだろうな」
あの年齢でサルスハート流の道場に入門できたのは、仕事もせずに剣の鍛錬のみに打ち込んだから。
同年代の間で頭角を現したのもそれが理由で、同じことを他の子供がやれば、同程度の結果は得られるだろう。
そんなことを、オブラートに包むこともなくはっきりと口にするアルトリアに、トーヤは慌てて周囲を見回し、ガッドの姿がないことにホッと胸を撫で下ろす。
決して誹謗中傷というわけではなく、アルトリアから見た正直な評価なのだが、子供に聞かせるには酷と考えてしまうのは、トーヤに元の世界の感覚が残っているからだろう。
「なら、中伝を認められるのは……?」
「初伝すらまだなのだ。現状のままでは難しいだろうな。一〇年ぐらい続ければ判らないが、少なくとも成人までには、な。なにかしらのきっかけがあれば、化けるかもしれないが……」
「成人……ってことは、ガッドの事情は知っているのか。教えてやらないのか?」
もっと努力するように言うなり、もう芽がないと教えてやるなりしないのかと尋ねたトーヤに、アルトリアは不思議そうに首を傾げた。
「そんなもの、自分で気付くべきことだろう? 冒険者や兵士になるのならまた別だが、道場を開きたいとか言っているわけだしな。サルスハート流の看板はそこまで安くない」
「な、なるほど……」
微妙に不機嫌そうに口元を歪めたアルトリアだったが、軽く息を吐いて肩をすくめた。
「私としては、早々に諦めるのが正解だと思うがな。道場経営はそんなに甘くないからな」
「それは、商売敵的な? これ以上道場が増えても困るとか」
「うちは別に困らないぞ? 他の道場が増えてもな。サルスハート流の看板は、そこまで安くない」
アルトリアは再び同じ言葉を言って、どこか自慢げに胸を張る。
「オレはここ以外知らないんだが、やっぱりそうなのか」
「うむ。そうなのだ! トーヤがここを選んだのは、運が良かったな!(……私にとっても)」
「ん?」
「い、いや、なんでもない! しかし、なんだ? トーヤ、ガッドが気になるのか?」
「気になるというか……リアが来ていないときは、アイツと鍛錬することが多くてな。その時に聞いた話が、少し気になっただけだ。アイツ自身には特に思うこともないな」
アニキと慕われていてもそれはそれ。
やはりガッドに対する手助けはなしだな、と心に決め、トーヤは軽く首を振る。
「アイツと? トーヤとじゃレベルが違いすぎるだろう。あまり身になるとは思えないが……鍛錬相手がいないなら、私が声を掛けてやるが? お前に最初に対応したマルコムなんかも、なかなかの腕前だぞ? 中伝には至っていないが」
「いや、問題ない。リアがいない日はオレも休養日みたいなもんだ。軽い鍛錬で構わない。ガッドのことも、少し気になっただけだからな」
「む、そうか。お前には他の門下生も鍛えて欲しいのだが……独占している私が言うことでもないな」
「それを言うならオレもだな。リアを独り占めして、他の門下生からの嫉妬の視線が痛い」
「そ、そんなことはないだろう……?」
「いやいや、模擬戦を挑んでくる奴らも多かったぞ? 理由の方は、オレが気に入らない奴と純粋に手合わせをしたい奴の半々ぐらいだったが」
アルトリアが少し恥ずかしそうに否定するが、ニヤリと笑ったトーヤが軽く顔を巡らせれば、慌てたように視線を外す気配がいくつも感じられる。
「なっ?」
「そうか? トーヤの方に興味がありそうな奴らも多いように思うが?」
「む……男には興味がないんだが……」
門下生の中に女がいないわけではないが、やはりその大半は男。
いくら獣耳付きでも、異性愛者のトーヤにとって男は対象外である。
「そうじゃない! っていうか、解っていっているだろ!」
「まぁな。けど、戦える相手があんまりいないからなぁ……」
できればアルトリアとずっと鍛錬をしていたいトーヤであるが、この道場の師範代であるアルトリアの方はそうもいかない。
どうしてもある程度の時間は門下生への指導に費やす必要があり、その間はトーヤもアルトリアのサポートに徹していた。
そのサポートには門下生への指導も含まれているのだが、この道場でのトーヤは所詮は初伝。指導される門下生から反発があるかと思いきや、彼の実力が知れ渡っていたため、極一部の門下生以外には受け入れられていた。
ちなみに、『極一部』はアルトリアの熱烈なファンだが、単にアルトリアに指導して欲しいだけなので、大して問題とはなっていない。
「トーヤの指導はなかなかに好評だぞ? 『実戦的すぎるアドバイスが斬新だ』と」
「それは好評と言えるのか? 卑怯だなんだと言われないのは、助かってるけどよ」
トーヤの戦い方は、冒険者として活動する中で磨いてきたものである。
生き残るためなら何でも利用するし、盾役となることも多いため、剣で斬り合いをすることより、時間を稼ぐような戦いをすることの方が多いぐらい。
どちらかと言えば、剣術家としては嫌われそうな戦い方なのだ。
「まぁ、邪道ではあるだろうな。だがトーヤの場合、普通に戦っても強いだろう? 卑怯なことしかできないのなら嫌われるだろうが、そうじゃないからな」
「うーむ。まぁ、そのおかげでリアと共に鍛錬する時間が取れているなら、文句はないが……」
「うむ。私も助かっている」
「それはオレの言葉だがな。短期間で中伝までの技術を身に付けられたのは、リアのおかげだ。ついては、そのお礼に食事とかどうだ? 多少高い店でも奢るぞ? この町に詳しくはないから、店は紹介してもらう必要があるが」
「それは……」
トーヤのお誘いに、アルトリアは迷うように視線を彷徨わせたが、しばらくの沈黙の後、迷いを振り切るように頭を振った。
「……いや、やはりダメだ。未だ皆伝にも至れぬ身。浮かれているわけには……いかない」
「そうか? 毎日剣術だけというのも不健全だと思うが」
「それは同意だが、私の場合、道場に来られない日もあるだろう?」
「そうだな。そんな日は何をしているんだ?」
少しでもアルトリアのことを知りたいと尋ねたトーヤであったが、訊かれたアルトリアの方は不思議そうにトーヤの顔を見返した。
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