429 サルスハート流 (3)
さて、そんな感じにガッドと共に鍛錬を行うこともあるトーヤだが、むしろそれは例外である。
彼が道場に入門した理由は、是非もなくアルトリアの存在にある。
共に修行に励むことで獣耳を愛で、仲を深め、あわよくばお嫁さんに、という不純で邪な目的がトーヤの原動力。
当然、アルトリアがいる日は彼女を優先、ガッドなど蹴り飛ばす勢いで無視、アルトリアへの露骨なアピールに励んでいた。
そんなものが見え隠れすればアルトリアにも嫌われそうなものだが、修行には一切手を抜かず、実力も伴っているものだから始末に負えない。
新入りのトーヤが師範代であるアルトリアを半ば独り占めしていることには反発もあったのだが、獣人の社会では実力主義の風潮が根強く、それが道場ともなればより強い。
こと鍛錬に於いては、弱い者が何を言っても無駄。
最初の数日こそトーヤに挑む者もいたが、そのような者は彼の実力を把握できない半端者であり、トーヤに勝てるはずもない。
アルトリア自身も自分と互角以上に戦えるトーヤとの鍛錬を好んだこともあり、一週間もしないうちに、トーヤは彼女の隣をしっかりと確保。
その日もトーヤとアルトリアは一緒に鍛練を重ねていた。
「よし、午前の鍛錬はここまでにしよう」
「ありがとうございました!」
立ち会いではリアを上回るトーヤであるが、今は教わる立場である。
そのあたりのケジメはきっちりつけるトーヤが頭を下げてお礼を言うと、リアは「うん」と頷き、流れる汗を拭うためにそばに置いていた手ぬぐいを手に取る。
だが、そのじっとりとした感触に眉をしかめた。
「良かったら使うか?」
そこに素早く差し出されたのは、未使用のタオル。
それを持つトーヤを、アルトリアは窺うように見上げる。
「良いのか?」
「いくつか持ってきているからな」
「すまない、借りる」
自分の物はあると別のタオルを持ち上げるトーヤを見て、アルトリアは素直に差し出されたタオルを手に取るが、手に持った時に感じるふんわり感に眉を上げ、額に当てた時に感じた吸収力に目を見開く。
「な、何だこれは! 凄く……凄く……、良いものじゃないか!」
表現に困ったのか、口ごもりつつありきたりな感想を口にしたアルトリアを、トーヤは微笑ましそうに見て、頷く。
「便利だよな。鍛錬をした時には重宝するんだよ、普通の布より」
「重宝とか、そんなレベルじゃ……ふわっふわじゃないか!」
アルトリアは汗を拭き終わった後も、嬉しそうにタオルに顔を埋め、そんな彼女をトーヤはニマニマと嬉しそうに眺める。
「気に入ったようだな。良かったら、それ、やるぞ?」
「なっ! こ、こんな高価なもの、貰うわけには……高価、なんだよな?」
「どうだろうな……? 買ったらそれなりにするとは思うけど、パーティーメンバーが作ったヤツだしなぁ、それ」
「うん? ……冒険者、なんだよな?」
「冒険者だな。けど、うちのパーティーメンバーは多芸なんだよなぁ。オレ以外」
などと謙遜するトーヤであるが、彼は彼で、冒険者でありながら実用レベルの鍛冶仕事ができるのだから、一般的に見れば多芸である。
「むむ、さすがに高ランク冒険者は、どこか違うな」
誤解である。
多くの高ランク冒険者がどこか違うのは間違いないが、それはどちらかと言えば『変人』とか、そっち方面である。
トーヤたちのパーティーのように、戦闘面以外でもプロレベルの技術を持つ者など、ほとんどいない。
「ま、そんなわけだから、リアが使う分ぐらいはやるぞ? さすがに、他の門下生の分も欲しい、とか言われると困るが」
「そ、そんなことは言わない! ――甘えても良いだろうか?」
しばらく悩むようにタオルで頬を撫でていたリアだったが、その肌触りに陥落したらしい。
お強請りをするようにトーヤを上目遣いで見て、ついでにトーヤも陥落させた。
「もちろんだ。だが、一枚じゃ少ないだろう。もう一枚、いや、二枚やる」
未使用で残っていた二枚のタオルを、トーヤが押し付けるようにアルトリアの手に握らせれば、戸惑ったように手の中のタオルとトーヤの顔を見比べた。
「え、い、良いのか? 買った物じゃなくても、作るのにはそれなりにコストがかかっていると思うが……」
「問題ない。これぐらいなら」
ないわけがない。
タオルの製造コストは共通費から出ているし、ハルカたちが手間を掛けて作っているのだから、トーヤが使うならまだしも、無断で他人にあげるのは問題である。
当然トーヤもそれは認識していて、『補填と謝罪、必要だよなぁ』と思っていたりするのだが、それはおくびにも出さず、片付けを始めたリアに声を掛けた。
「リア、良かったら、一緒に昼飯を食わねぇか?」
「ん? 改めて言わなくても、一緒に行っているではないか。いつもの食堂だろ? 昼からも用事はないから、付き合えるぞ?」
不思議そうにトーヤを見返したアルトリアが口にしたとおり、普段二人がともに鍛錬している時は、昼食も共に摂ることが多い。
それは近所の食堂であることがほとんどなのだが、近所だけに当然、道場の門下生も多く訪れ、リアと二人の時間を過ごしたいトーヤとしてはやや都合が悪かった。
そこで取った手段が――。
「今日は弁当があるんだよ。それを食おうぜ。二人分は十分にあるから」
ハルカたちに泣きつくことだった。
目的は微妙にぼかして頼んだのだが、『良い飯屋がない』と言えば、ラファンという実例を知っているハルカたちは特に疑問に思うこともなく普通に作ってくれたので、トーヤにとっては非常にラッキーだったと言えるだろう。
「構わないが……何か買ってきたのか?」
「いや、パーティーのやつらが作ってくれた」
「……ほう。パーティーメンバーが」
「そうそう。量が多いからな。協力してくれ」
もちろんそれは口実で、『門下生と一緒に食べるから、二人分よりもやや多めに作ってくれ』としっかりとハルカたちに頼んだ結果である。
「そういうことなら、ご相伴に与ろう」
「おう。それじゃ、どこかゆっくり食べられる場所は……」
「それならば良い場所がある。こっちだ」
そう言ったアルトリアがトーヤを案内したのは、道場の裏手。
道場の建物の正面奥は物置になっており、その裏側にあたるその場所は道場内からは見えず、場所としても広くないので、訓練場所としても使われていない。
トーヤたちは人目を気にせずにすむその場所で弁当を広げ、食事を始めたのだが、アルトリアは最初の一口を食べた瞬間、唖然としたように言葉を漏らした。
「う、美味いな……」
「あぁ、そうだな。今日のは初めて見る料理だが」
ハルカたちの料理を食べ慣れているトーヤは平然と食べているが、彼女たちの料理の腕前はちょっとした高級レストランより上であり、普通の家庭で片手間に作れるような物ではない。
当然ながら初めて食べたアルトリアは驚きに目を丸くして、まじまじと弁当の中を見つめ、トーヤに尋ねた。
「こんなに美味いとは……。これを作ったのは……女か?」
「ん? そうだな。うちのメンバーの三人――ハルカ、ナツキ、ユキっていうんだが、そいつらだな」
「それはもしかして、お前の恋人、だったり?」
「……はっ? いやいや、違う、違う。そいつらと恋人なのはもう一人の男のメンバー、ナオだ。正確に言うとナツキとユキは違うんだが、狙っているのは間違いない。オレは対象外だ」
笑って言うトーヤに、アルトリアはどこかホッとしたように息を吐いたが、正確にはトーヤが早々に
それがなければ、どうなっていたかは判らない。
ナツキなどは外見や雰囲気など、リアとちょっと近いところがあるだけに。
「むしろオレは実験台だな。『帰ってきたら、美味しい料理を食べさせる』って張り切っていたぞ?」
「そ、そうか……。だが、料理もここまで上手いのか。凄いな、その、ハルカたちは」
「そうなんだよなぁ。頭は良いし、魔法は使えるし、裁縫もできる。戦うことしか出来ねぇオレとは大違いだぜ」
ついでに言えば掃除、洗濯も完璧なのだが、それは『
だが、それを聞かされたリアは、自分との違いに顔を引き攣らせた。
「ふ、ふ~ん、凄い女性なんだな?」
「まぁ、尊敬していることは確かだな。本人たちには言わねぇけど」
「や、やっぱり、強いのか?」
「ん? 強いことは強いぞ? オレとパーティーを組んで冒険者をやってるわけだからな。けどまぁ、オレが恋人にするなら、断然、リアの方だけどな?」
「うぐっ! けほっ! と、突然何を……!」
料理を喉に詰まらせ、小さく咳き込んでトーヤを睨むアルトリアに、トーヤはニカッと笑って親指を立てる。
「本心だからな! お前の美しい毛並みに惚れた!」
「ふ、ふんっ、見え透いた世辞など不要だぞ」
アルトリアはそう言ってそっぽを向くが、どこか嬉しそうに尻尾が揺れているあたり、満更でもなさそうなのであった。
そんな風に青春を満喫していたトーヤではあるが、アルトリア共々、鍛錬に手を抜くことは決してなく。
入門して半月も経つ頃には、彼の実力はサルスハート流としても十分に通用するまでに達したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます